僕が巫女を貶したり貶めたりする人を許さないと言ってることに対して
贔屓しているんじゃないかという声がありました。
僕は聞きましたよ。
僕は地獄耳というか天界耳なのでみなさんが何を言ったか知ってますよ。
自分の言葉を代わりに伝えたくれる人に対して
感謝こそすれ
侮辱されたら怒るのは当然ではないでしょうか?
そりゃCEOなんだから穏便にというかもしれませんが
天界の諸々と巫女を守るという意味で
悪意に我らをさらしたままにさせないという意味で
怒ります。
みなさんは旧約聖書のエリシャをご存知ですか?
エリヤの弟子です。
預言者の二人です。
エリヤが天に昇った直後のお話です。
日本語訳の旧約聖書では
子供となってますが
若者です。
もっというと非行少年です。
今なら半グレですかね。
反社まではいかないかな。
半グレたちがエリシャにいうんですよ。
ハゲ!上に登れ!
これも翻訳の正確性があまりないんですね。
はげは単にハゲというものあるかもしれませんが
侮蔑的発言です。
そして、上に登れというのは直前にエリヤが天に昇ってる、すなわち天界にきてるわけだから
半グレ集団はエリシャにお前もエリヤのように姿を消せと言ってるわけです。
はっきりいうと「◯ね!」言ってるんです。
預言者、神の言葉を預かり多くの人に届ける役割をしている人に対してそのような言葉を投げかけるということは神に対しても侮辱しているととられてもおかしくないんです。
神がその人を選んで言葉を預けてるわけですからね。
この半グレ集団は制裁を与えられます。
知りたい方は旧約の列王記2章23-24を読んでみてください。
ここまでくると
ずいぶん優遇されてるなあと思うでしょ?
私も神から言葉を預かりたい!と思いますよね?
そう思って挑戦した人は何人もいますし
実際神の言葉を預かった方もいます。
でも、所謂「堕落」すると神はすぐ預言を与えることをその人から取りあげます。
サウルという人がそうです。預言者であり王でしたが後から出てきたダビデの方が人気が出たので嫉妬してしまったんです。
それでおかしくなったんですね。
神の言葉を預かる人を大切に扱い守りますが反面
神の言葉を預かる資格がないとみるや、即剥奪します。
そこは大変厳しいです。
甘くはありません。
ね?みなさん
だから、僕たちの声をうけとってくれる巫女も他の天界の人たちも
聖書読んだら?と勧めるんです。
知恵があるんですよ。
物語的に象徴的に書いてあるし、時代も地域も違うからわからないところも多いけど「これは大事だぞ」ということもまだたくさんあるんですよ。
付け加えると
今僕の声を受け取ってくれる巫女を侮辱する人は許さないと言ったけど
エリシャにおける半グレ集団が遭遇したようなことはおこしません。
流石にそんなことはしません。でも、人を侮辱したらいつか自分にも返ってきます。
それはよくあるスピリチュアルな話ではなく
天界にいたら当然のこととして皆が知っていることです。
つまり、自分と他人が別だと思うから他人に酷いことを言えるのです。
心の底から
そうですね、菩薩以上の心境を除いた時に触れることができる
全ては一つという感覚。
情報ではなくしっかりとした感覚として体験したら人に悪口なんて言えませんし思えなくなるんです。
でも、人に悪口言いたくなっちゃうよね。思っちゃうよねというなら
まだその段階ではないんです。
いくら私は如来の心境だと言いながら人の悪口ばっかり言っててはね
思っててはね
それは菩薩でもないです。
ここが菩薩と如来の違いの一つでしょうか。
圧倒的な境地の差があるんです。
ということで
巫女に対して悪口いったり貶めたりしてる暇があるなら自分を磨いてくださいよ。それでいいんですから