さて、僕がまたやってきました。
僕もサラリと話して去ります。
二つ話します。
みなさんね
宗教でもスピリチュアルでもなんでもいいんですけど
この世でお金を稼ぎたいとか
モテたいとか
頭が良くなりたいとか
恋人を作りたいとか
所謂現世利益的なことのための宗教や信仰なんですよ。本来は。
意味わかるかな?
地上でいきてるといろんな悩み苦しみが出てきますでしょ?
それを解決したい。
解決したい気持ちはいいんだけど、利害関係のために神を使ってなんとかしようとしてるんだなあ。
宗教って本来は現世利益ではないんですよ。
カミムスビだって
アモンだって
アマテラスもね
太陽をみよ
善人にも悪人にも同じく分け隔てなく太陽は光を注いでくれる
まるで神のようである。
そして、この太陽なような心が各々の心にあるのだ
こんな話をしたんですよ。
太陽拝んだらお金儲かるとかね
モテますとかそんなこと言ってないです。
全く言ってない。
仏陀も現世の苦しみや悲しみを追求したら
それらを解決するんじゃなくて在り方を変えよう
考え方を変えようってなったんです。
根本を変えようってことですね。
苦しみや悲しみって枝葉のことなんです。
だから、根っこを変えようぜって仏陀の提案です。
宗教やスピリチュアルって本来はそうなんですよ。
神社行ってね
お金持ちにしてくださいとか病気治してくださいとかね、拝んでる人いますけど
神社の神様も頼まれたら嫌って言えないお人よしばっかりだからできるだけ叶えようとしますけど
本来は現世利益ではないんですよ。
ここがわからないと
宗教やスピリチュアルに入り込んでも
現世利益のために盲信してしまう可能性ありますね。
みなさんね
自愛やヴィッパサナーのこと巫女が書いてましたけど
あれめんどくさいからやらないって人のが多いですし
そんなこと言わないで
孫さん、お金儲けるやり方教えて
モテる方法教えてとかね
実際そういう人の方が多いんですけど
僕たちも巫女もそれは興味ないんですよ。
僕はこの世とあの世と共通する教えのが大事ですよと言ってきました。
人に優しくするってのがそうですね。
これは難しくないです。
そういうものを天界の人たちは説いてきたんです。
お金儲けというのはこっちにはないんですよ。
お金がないから。
モテることもそんなの概念にありませんよ。
ルッキズムもね、天界の人は男女ともみんな美しいです。
まばゆい光放ってます。
天界じゃないとこいくとね
髪の毛振り乱してまさしく般若のような顔の人いますし、鬼のような顔してる人もたくさんいます。
これはね、心が外見に反映されてるんです。
こちらは心🟰外見です。
心が穏やか、おおらかであれば美しいけど、心が地獄だと外見も地獄のような外見になります。
だから、ルッキズムもなんもないんですよ。
だからと言って現世利益を謳うのが悪いとも言えない。実際みなさん現世で生きてて苦しんだり悲しんだりしてますからね。
そこから救い出すのも菩薩の仕事です。
ただ、何回も言うように
現世利益ってのはあの世と
この世の共通ではありません。
そこを知ってください。
それにね、現世利益かなえても別の苦しみ悲しみが出てくるんですよ。
結婚したいと思ってた人は結婚したら全て解決すると思ってたと。
でもいざ結婚したら
嫁姑問題があったり
不妊の問題がでてきたり 色々ありますでしょ?
現世利益ってピンポイントなんですよ。
全て網羅してないんです。
あの世とこの世で通用するもの方は全て網羅してます
だから、そっちに耳傾けてみたら?ってことで僕たちは声を枯らしてここで話してますけど
みなさん興味ないようですね。
もうちょっと全てを網羅する方に興味もってもいいんじゃないかな?と僕は思うんだけど、それでもみなさんは現世利益が好きかな?
二つ目
巫女はかなり少数派で
あらゆるものを疑うという姿勢がデフォルトなんですよ。
完全に標準装備です。
だから、神託というかメッセージがきても
まず疑う
すぐ疑う
これ実は巫女としてはあるまじき行為です。
巫女は神の言葉を預かる人ですから、まず神託は「信じる」なんです。
これが巫女としては普通です。
ところが、この巫女はまず「疑う」ですから、神託、メッセージに科学的姿勢を持ち込んだ人なんです。
本人は無意識でしょうけど。
いいか悪いかは別ですよ。
理系の僕としたら
全てを疑ってかかるのは良い姿勢だと思いますね。
理系、科学も疑うところから始まりますからね。
それに神託の源がいつも天界からとは限らないので篩にかけてることにもなるから僕はいいと思ってます。
みなさんが巫女のように全てを疑ってかかるのは無理ですね。
コストがかかります。
巫女はコストがかかるとも思ってない。普通のことなんです。
みなさんは疑うことなく受け入れた方がコストないでしょ?
巫女は逆なんです。
疑わずに受け入れる方が気持ち悪いんです。コストかかるんです。
だから、みなさんからすると「この人変なこというな」という違和感はそこからきてます。
イエスが三日で復活した時にすぐ信じたのは女性たちです。
最後まで疑ったのはトマスです。
師匠の脇腹触ってやっと
「ああ、師匠は復活したのだ」とわかったんですね。
信仰としてはすぐ信じる方がいいんですよ。
でも、騙されやすくもある。妄信しやすく操作されやすくもある。
だから、とても難しいですね。
すぐ信じる人
すぐ疑う人
それぞれですが
それぞれにいいところがありますよ。
疑うばっかりでは事がなかなか進まない。
でも、すぐ信じてしまってはおかしな方向行った時顧みる事がない。
だから、どちらも社会に必要でどちらもあって成り立ってます。
おやおや。
サラリとといいながらいつもながら長くなってしまいましたね。
では、終わりにします