今は特に浄化の季節ということでみなさんも自分の内側に入り
自分と向き合っていると思います。

その中で自分の闇と対面することになる人もいるでしょう。
そういう方がこちらに
闇を見つけました!と
報告に来られるのですが
見つけただけでいいのですか?とその都度お話ししています。

中には闇を見つけるのも天界
なんとかするのも天界と
自分の闇のことなのに全て天界任せという方もいて
流石に驚いたことがあります。

自分の闇なのですから
自分でなんとかするしかありません。
私たちはあくまでもサポートです。


さて、闇とは
往々にして
自分が一番見たくないものの可能性があるのです。
見たくないから見ない。
それっぽいなと感じたら一目散に逃げ帰る。
そういう人ばかりです。

私が見るに
人によっては
奥深い闇を知った時
存在ごと消して欲しい
魂ごと消して欲しい
あの世に行きたいではなく
自分そのものを消して欲しいと天界に願い出るくらいの闇を抱えている人もいます。

それくらい闇が深いということは同じくらいの光があります。
絶望の中にいるかもしれませんが、そこからいくらでも「自分で」光に変えることができます。

そして、闇を甘く見ている方へ

私が闇に特化して語っているのを見て
そもそも闇を甘く見てはいけないとわかるはずです。
一日二日内面を見て
闇を知ったと吹聴し
触れ回るのは闇ではありません。

地上的な話をしましょう。
残念なことに女性の多くは歴史的に見てあまり幸せではありませんでした。
身分が高くても高いなりの苦労がありました。
それは私のメッセージを受け取っている巫女からみなさんは話を聞いてるでしょう。
いくら身分が高くても幸せではないのです。
背負ったもの
背負わされたもの
責任の重さと伝統
その前では個は無力です。

これだけでも自分の内面に闇が潜んでいることはわかりますね。


過去世を思い出してない方もいるでしょうが
思い出してなくとも
自分の思考の癖や行いに一定の方向があるはずです。
それは魂の傾向としてあるのです。
そこから紐解いていくとわかることもあります。

とにかく、ありとあらゆる角度から自分の内面に入り
闇を見つけることができます。
一朝一夕で闇をみつけ解放したと言えないのです。

自分の存在を消したくなるほどの闇と出会ってないのに安易に闇を解放したといっていいのか?とみなさんに問いたいのです。

それくらい闇を甘く見てはなりませんし
浅慮に扱ってよいものではありません。

みなさんの検討をこちらから見守っております