アテナに
「疑うことで自分を守れたエピソード書いてみたら?」と言われたので書くことにします。
みなさん、お若いから知らないと思うけど
某カルト宗教がまだ有名になる前
六本木の本屋に平積みでそこの教祖の本が置いてあったの。
帯に
日本で唯一の覚者!
ってあって
私は「え?本当?」
って感じた。
初手でめちゃくちゃ違和感あった。
この違和感によって私は自分を守ったんだよね。
その後、その団体は都内でテロ起こした。
危うく母が巻き込まれそうになったんだ。
違和感の正体は
「本当に覚者だったら自分で覚者っていうわけがない」
なんだよね。
だって、覚者ってラベリングでしょ?
そんなのどうでもいいもん。自分が覚者だって意識してないもんだよ。
なんで外に向かって覚者っていう必要あるの?
自分を主張するより自分の得たことを周りの人にってなるよ。
だから、自分の話す中身を見てくれって
覚者だろうがなんだろうがどうでもいいから
中身をみて、なんだよ。
そこは肉体行やってるくせに仏陀云々言ってたから
また「はああ?」となった。
仏陀はありとあらゆる肉体行、苦行をやったけど悟れなかった。だから後世の人はそんなことするなって言ったんだよ。
なのに、なんで肉体行やっての?
はあああ?となって
この団体ヤバいかもと思ったよ。
かなり初期ね。
アテナは
その違和感、疑う精神が私を守った、救ったと言ってくれた。
でもなー
そういうのに惑わされる人いるんだろうなー
いまだにそうだもんねー
唯一とか
特別とか
選ばれた
という言葉に釣られて寄っていく。
それを口にしてる人の言動見てない。
私最近こんなようなテーマばっかり書いてるけど
私が予想してる以上に疑わない人や疑ってもそれを封殺したり
無かったことにする人が多い。
内的痛みに鈍感というか
向き合わないというか
大丈夫か?と思う。
アンドロギュノスならなおのこと、内的痛みに切り込んでいかなきゃならない。
見なかったことにできないよ。
みなかったことにした自分とおさらばせねばならん。
アイデンティティの崩壊ですよ。
天界が「私が思ってるより地上はKHAOS」と言ってた意味がだんだんわかってきたよ。
あとは〜〜
私もさ
メッセージビジネス
宗教ビジネスとしてやるなら
信じろ
絶対だ
いう通りにしろ
疑ったら地獄に堕ちる
って特別感出した方が人集まるのよ。わかってんの。
でも、正反対のことしてるでしょ?
天界も理系の人は僕のいうこと信じるなとか疑えっていうし
ポセイドンだっけ?
スピリチュアルなこと考えないで地上でよく生きろとか言っちゃうし。
真逆なこと言う。
絶対依存させない紳士淑女たち。
私もそう。
別に信者が欲しいわけじゃない。
信者はいらない。
メッセージで自分の人生を振り返るきっかけになってくれればいいなー
という感じ。
触媒として私はいる。それだけ。
私もメッセージ丸呑みしてないし、する必要もないと思う。
私のメッセージって自分で考えて咀嚼できる人向けなんだよね。
ソクラテスのような人向け。
神託でも素直に受け取らない人向け。
以前、アンドロギュノスの人でソウルワークが巫女って人がいて(女性)
その人は神様絶対だったけど、私は全く絶対ではない。対等性を重んじる。
神であっても対等ね。
リスペクトするけど上下は作らない。
私の唯一の師と勝手に思い込んでる理系の人も尊敬してるけど
上下関係ではないよ。
アテナもそう。
勢至( ◠‿◠ )もそう。
ゼウスもそう。
じゃなかったら、カミムスビやミカエルの前であんだけ悪態つけないよ。
今思えば申し訳ないと思うけど苦笑
後から思えば、観無量寿経の中のイダイケ夫人みたいだったわ…と苦笑
とツラツラ書いてみた
読み返してみると
エネルギーや文章の書き方が彼そっくり((((;゚Д゚)))))))