正直に書く。
言葉選びます。

最近、ブログやめようかと思った。
なぜかと言うと
メッセージや私の記事の文脈が読めない人がいたから。
文脈が読めない人は前からいたけど、ここまで???
私からするとありえないくらい読めない人がいたから。
本人悪意なくとも私はものすごく疲れる。
本当にびっくりして
同じ日本語使ってるのに何一つ伝わってない…と愕然となった。
それに加えて、メッセージでも

自分の内側から湧き上がるものが先
外が先で後から自分の内側を合わせに行くのではない。
そこに違和感があるなら無視しないでしっかり向き合う
ということもメッセージできたのにそれもフルしかと。

巷ってこんなですか?
これが多数派ですか?
大丈夫ですか?

と、思わず天界に聞いたほど。

これって構造や認知の問題ではないかと感じる。

私やメッセージって答えは書いてなくて
答えが立ち上がる前のこと。
内的処理の仕方の一例を挙げてる。
別にこれに当てはめよとは言ってない。
メッセージに自分を当てはまるのは依存でしかない。

あとは、文脈読めないのは文脈を理解する内的構造の構築を教育されてなかったのかなと感じる。

だから、仕方ないと言えるけど大人だし
そんな自分に疑問を持たないでそのままでいるというのはどうなのか?と感じる。
これはスピリチュアルとかアンドロギュノスとか関係ない。
それ以前の話。

そういう人とは私は一生交わらない。
いや「交わることができない」が正しい。
これだけ認知と構造が違うと同じ日本に来て同じ日本が話すが違う世界に住んでるのと同じと言えるから。

いまのところブログは続ける。

文脈読めない人よりも読める人の方が多いと信じたいから。
そして、私のためにこのブログやってるから