アンドロギュノスのお話です。

巫女が名前の話をしていたので私も名前の話をします。


真のアンドロギュノスの場合、多くは名前にも個性がはっきり現れます。
名付けた方がまるでアンドロギュノスだと知っていたのか
或いは、この先歩む人生を見通していたのか
わかりませんけども
見事にその通りの名前になります。

例えば、巫女。
本名は
カバーを外す
元々そこにあったと明らかにする
つまり、気付きを運び光を入れる
という意味の名前。

その光は強く激しく攻撃する光ではなく
真実を照らす光
真実から逃げられない光
露出の光
可視化の光

ですから、人によっては耐えられない人もいます。
はっきりいいます。
巫女の存在に耐えられない人もいます。

人は明らかにされたくないからです
曖昧にしていたいからです。
そこを照らす存在である巫女は人によっては驚異であり脅威なのです。

或いは、このブログでの「孫」まご
という名前。
これは先代のものをうけとって後世に伝える役目という意味ですね。
巫女という仕事そのものではないですか。

そして、どちらの名前も裁かず、媒介、触媒の役割を表します。

ほら。個性のままの名前でしょう?

アンドロギュノスはそうなのです。
光り輝く派手な名前でないけれど、使命や個性がわかるような名前です。

ですから、もし
アンドロギュノスとしてソウルワークをする時ソウルワークネームをつけるならば「光」などというあからさまな名前をつけるような愚かな事はせず
自分のソウルワークや使命、個性をよく知り
それに沿った名前にしてくださいね。