改めて読み返したら
マヌ、ミカエル、アテナと同等と思える自分とか
三柱と肩を並べられるくらいの自分とか
そういう自分を求められてるメッセージだった。
なんで天界がこんなことわざわざ言ったのか?
そういう意識がない人がいることを感じたり
実際にどこかでみたのかもしれない
私は天界のメッセージは受け取るけど
天界がどこをみてどう感じたかまでは天界から聞かされないとわからない。
なので、私は知らない。
しかし、至極当たり前の内容では?
と感じる。
確かにミカエルやアテナは有名だし、彼らの活躍を知ると
このメンツと対等なんて…
と尻込みするかもしれない。
でも、尻込みした時点でアウトでは?と思う。
みなさん賢い方が多いのでいちいち言わなくても大丈夫だと思うけど
一応書いておくと
自己確立している自分ならば相手が神だろうとなんだろうと対等に接することができる。
神だからって盲信してなんでも従うことにはならない。
自分の内面に入って
向き合って向き合って
自己確立するのだけど
そうなったら神がどんなこと言ってきても
嫌だと言って断ることができる。
また、そういう人じゃないと神は信用しない。
従順な人がいいわけではない。
自分で考えて
自分でやってみて
自分の意見を持つこと
そういう人を神は好むし信用する。
自分で考えない
人の意見をすぐ取り込むが自分の意見がない人を神は信用しない。
私のブログを古くから読んでる人はご存知の通り
私はどんなに高位の存在からのメッセージであっても嫌なら嫌だとはっきり言ってきたし
ごねたことも数知れず。
ちっとも神に従順ではない。
それは逆に神を信頼してるからできること。
自分を無くし神のいうことを全面的に受け入れるのは
神が私に強制させてるわけでもないのに
結果的にそうなってしまっている
それは良くない。
そして、メッセージなんて本当に神からかなんてわからない。
私自身が揺れる時に受けたメッセージが神ではない存在からきた場合
いつもが神に従順なスタイルだったらとんでもない導きがそこで起こってしまう。
私個人宛のメッセージならまだいいが
ここで披露するものやnoteに書くものだったら
読者に迷惑がかかる。
だから、自分というフィルターを確立し強化していないと巫女はできない。
となると、メッセージをくれる存在とも対等、肩を並べるくらいの意識でないとやれない。
尊敬はしてるし感謝もしてるが謙るとか
上下関係作る気はない。
アンドロギュノスの仲間たちもほぼこういう感じだった
やはり本質がわかる人はそうなる。
例を挙げる
私の周波数が神でない方向に向いた時におかしなメッセージが来たとする。
例えば、この寒い中滝行しろというメッセージだったとする。
私はすぐ抗議する。
何を言うのか
釈迦はいった
肉体行しても悟れないから肉体行はするな、と
なのに何を私にいうのか
何を言ってくるのか
お前は仏陀より偉いのか
仏陀を越えるだけの存在なのか?
名前を言ってみろ
私は従わない。
自分の境界線を守る
神であっても自分の境界線を守る。
ここでメッセージをくれた存在が怒るなら余計に神ではない
神は怒らない
強制もしない
強い言葉とエネルギーで伝える時はあるが
自分の提案を覆されたからといって暴れることはない
そういうものの本質がわかっていれば、ミカエルたちと対等にと言われても尻込みしないだろう。
無理に対等でいようとするのではなく
相手の顔を伺うのでもなく
すべて在り方の問題。
自己確立し在り方が変わればどんな存在がきても自分でいられる。
アンドロギュノスはそこまでにならないとこの先難しい。