さらにつづけます。
私は柔らかい言葉でみなさんを安心させることもできますが
えてして真実は耳にいたいことがあります。
その真実に向き合えるかどうかで自分の魂の大きさがはかはれることがありますね。
ソウルガーディアンとして語る時の私はいつも
とても大事なことをはなしています。
それはアンドロギュノスであってもなくても関係なく魂にとって大切なことだからです。
私はアンドロギュノスとしていいます。
自分がアンドロギュノスだ
大丈夫だと思った時
いや、思い込もうとした時
あなたは彼ばかりか自分自身を最も遠ざけています。
あなたは真実そのものだからです。
その真実というあなた自身から目を向けるとは何も向き合っておらず
空中楼閣の中にいつまでもいる存在になってしまいます。
さらに安心できる関係ならアンドロギュノスではないのです。
真のアンドロギュノスの彼はあなたを切り裂きます。
過去世のあなたの闇を暴きあなたを地獄に落とします。あなたに地獄の底を舐めさせます。
最も愛する彼がそれをするのです。
だから、まだ地獄を見てないのならそれは恋愛ごっこに過ぎません。
私は長いこといいました。
アンドロギュノスは可愛らしい恋愛物語ではない、と。
いつも言いましたよね?
今日の二つの話は今まで私が過去に話してきたことです。
それを真実を斬る剣と真実をうつす鏡で示しただけです。
何度も言いますが
アンドロギュノスでないのにアンドロギュノスだと己を誤解するのは実は危険なのです。
優越性や自己誤認、自己認識の齟齬からくる真実の思い違い。
これは危ないのです。
だから、ソウルガーディアンの私が強く激しく語るのです。
今までの私のソウルガーディアンの記事をよく読んでください。
自分がアンドロギュノスなのか
アンドロギュノスでなかったのか
気がついたとしても
変わらず愛を貫けばいいのです。
何もがっかりすることはありません。
多くの偉人たちはアンドロギュノスではありません。
アンドロギュノスだからとその人の価値が上がるわけでもないし下がるわけでもない。
アンドロギュノスでないからといって人間の価値が変わるわけでもない。
だからこそ、自分と向き合い自己認識をしっかりやろうということです。
喜んでいいね!をつける前にどうか自分の胸に手を当ててよく考えてください