アンドロギュノスってどこまで行っても自分とどう向き合うか
なんですが
最近腹括ったことがあります。
それは長男のこと。
だいぶ鬱も治ってきてるんだけど、やはり子供の死を連想させることやニュース
長男のことを思い出すと
心は揺れます。
でも、ある時もういいや。
長男のことで心が揺れるのはこの様子では一生続く。
そんな自分を認めて受け入れよう。
どうしようもないこと
納得できないこと
それをそのまま噛み締めて一生付き合うことにした。
お前の心は弱いとか
子供なくしてまだあと引いてるのかと
呆れる。どうしょうもないとか
子供の死についてしつこすぎるとか
わざわざそんなことここに書くなとか
言う人もいる。
言わせておけばいい。
その人はそう思うのだろうが私はその人とは違う。
そういう感情や思いを自分の中に組み込んだ。取り入れた。抱きしめた。
そしたら、人にも優しくというか寛容というか
人を見る時の幅が広がったというか。
こういう自分も愛することができたというのは
私としてはとても良い。
成長?進歩かな?
理屈屋の私は
息子の死を理屈でふるいにかけていたけど
そんなのできるわけもなく
迷宮で彷徨ってたけど
そんなの丸ごと受け入れるだけでよかった。
気づくの遅いなとも言われるけど、私は気づくの遅いよ。それは前から知ってる。
ただ、気づいたら高速で直せる。
そこが私のいいところ。
私よりご立派で高邁なご見識をお持ちの方が多くて
未熟な私に叱咤激励してくださりありがたいのですけど
自分と私を同一化して
お前のこんなところが未熟だ、足りてないとか講釈垂れたら暇がおありなら
ご自分の足元を見られた方が宜しいのでは?
眠剤が効いてきたので途中ですが、寝ます