ワシだ。
ワシの声を受け取る巫女がどうも理屈っぽくての
正しいことを言ってるのはわかるが
それだけで世界はできてないの。
本人は正しいということにこだわっておらんが
感情より理屈を優先する故
ここにある感情や感覚に鈍い。
いいとか悪いとかではない。
だがの、ここで大きな声で
快不快と善悪の区別がつかない人がいる
と言っておったが
まあ、何というか
確かにそういう人はいる。
そういう面を持つ人もいる。
それは一側面を巫女から見たらそうなるというだけ。
だから、あれを読んで
わけがわからない
私がいけないのかしら?
と思った人もいるかもしれんが
そんなことはない。
あるがままでよい。
あるがままでよいのだ。
快不快と善悪の区別がつかないということは
主観的であり境界線が曖昧であるということだが
全体が幸せなら自分も嬉しいというふうにもなる。
そういう人は今を大切にする
今ここの美しさを大切にする
今ここの喜びを大切にする
良いではないか
混乱がおこるなら混乱をおさめるのが得意な人に任せればよい。
よいか
ここで巫女や様々な人が言葉を紡ぐ。
それはあくまでも一意見である。
よく読むといろんな人がおり、ワシとミカエルでは全くちがうし
ワシとミカエルとも違う意見もある。
天界でもそうなのだから
巫女がワイワイうるさく言っても、あまり関係ないの。
だが、誰のいうことも一応耳を傾ける必要はあるぞ
ワシもミカエルの言うことは聞く
ワシとは意見は違うが話は聞くぞ。
ミカエルもワシの言うことは聞くぞ。
お互いを尊重して
適材適所でやっておる
だから、気に病むな。
よいか。
そのままでよいのだから
ワシのように
ミカエルのように