みなさん、こんばんは
みなさんは地上に肉体を持って生きています。
その時に
自分がなりたい理想像を生きてる人を見かけることがあるでしょう。
例えば学歴
例えば容姿
例えば生まれ
例えばお金持ち
しかし、自分にはない。
これで苦しくなりますね。
私もアテナという名で生まれた時や
アテナ以外でも生まれた時もそうですが
この私でさえも本当になりたい自分になれず
その理想像は自分以外にありました。
アテナとして生まれたからにはアテナとして生きるしかない。
その理想像になれないと受け入れるのには時間がかかりました。
けれど、みなさん。
では、「アテナ」として誰がいきるのでしょう。
「アテナ」はこの私アテナがアテナとして生きるしかないのです。
他の人の役割を羨ましがるのは仕方ないのですが
役割として自分の仕事を真っ当するのが最優先ではないでしょうか?
恵まれていなくても
恵まれていても
意に沿わない出自であっても、そこから自分はどう生きるか
どうかでも生きられます。
私はアテナとして生まれた時、「アテナ」を捨てて
ギリシャを捨てて生きることもできましたがしませんでした。
「アテナ」として生きるには私しか適任はいないからです。
みなさんそれぞれそうです。
Aさんは「Aさん」しか適任がいないのです。
理想の自分でなくても
今の自分が適任であり
周りは全部、適任者である自分が生きるための舞台装置に過ぎないのです。
人生の主役は自分です。
理想というのは手の届かないもの。
みなさんはみなさんの人生の主役が適任です。
それでいいのです。
「アテナ」として生きた時
楽しいことばかりではありませんでした。
しかし、後悔はありません。
「アテナ」として駆け抜けて生きたことに私は誇りを持っています。
みなさんも自分の人生の主役として
自分の人生の適任者として誇りを持って生きてください。