我はゼウス
ゼウス
このゼウスから
みなを見ると
時に
不思議に感じることが
ある
みなは自由は
好きではないのか?
好きでないなら
ここから
読まずとも良い
もし
自由が好きならば
自由を欲するなら
是非
耳を傾けて欲しい
人の本性
魂の本質
それは
自由である
といっていい
魂は自由だ
しかし
肉体という
この上なく
不自由な状態にし
その中でも
魂の本質
自由で生きられるのか
問われている
また
肉体を纏うと
己が
自由であることを
忘れてしまう
忘れた上に
自由ではないと
錯覚し
自分で考えることを
放棄し
自分以外のものを
受け入れ
その通りにいきる
故に
自由はもちろん
冒険心
開拓していく心
勇敢さ
生きる気力
それらを失っている
忘れたのかもしれないが
それに気づいたとしても
取り戻そうとしない
魂の本質に
反した生き方を
選び続ける
「そんなこと言ったって
自由に
生きられるわけない。
地上には
常識っていうものが
あるんだよ
それに則って
生きるのがいいんだ」
こんな声も聞こえる
しかし
その声は
己の魂からの声なのか
確かめてみたことは
あるのか
魂の声を
受け入れない
ということは
自らを
受け入れてない
ということになる
その状態は
地上で生きてると
いえるのか
魂の声は
無視できない
しかし
強硬に
聞き入れようとしない
それが
みなの幸せなのか
自由であることが
そんなに
嫌なのか
難しく
感じるのか
恥ずかしいのか
皆の中には
このゼウスが
肉体を持った時に
共に
肉体を持ったものもいる
あの時の
ゼウスは
こよなく
自由を愛した
忘れたか?
王である
このゼウスが自由を
愛した
みなは
このゼウスを見て
王たるゼウスが
自由を愛している
ならば我もと
自由を愛したではないか
そして
これが
喜びかと
幸せかと
気がついたではないか
そのゼウスが
また自由を語る
みなの魂に向けて
自由を語る
気がつくのだ
思い出すのだ
あの時のゼウスを
あの時の自分を
そして
魂の本質である
自由を取り戻すのだ
青い海
青い空の下
このゼウスが
自由を語った
あの時を思い出せ