耄碌ジジイがまたきたぞ

耄碌ジジイは耄碌なりに地上を見たり
我が家の鯉の様子を見たり
のんびり過ごしておるが
地上の者はみな忙しいの。

忙しい

「心を亡くす」
と書くがまさに心をなくしておる。
さらに、心を亡くしておることもさえも気が付かない。

我らからするとせっかく地上に出たのに
と驚いておるのだが
みなはどう感じているのか
聞きたいものよ

みなはどうやら仕事が人生で一番大事なものとか
お金を稼ぐことがいかに大事であるかとか
成果を上げることがいかに大事かとか
目標を立ててそれを達成することがいかによいことか
成功することが素晴らしいことか
この価値観に染まり
それを子供にまで押し付けている


ワシのいた星の話をするとしようか

今の日本とは正反対であるぞ


何もしないのがいい
どれだけ心の上がり下がりがないか
心が揺れないのがいいか
揺れないほど良い
自然と調和して過ごすのが良い

そういう星だった

それでどうやって社会は回るんだ!
嫌なこともしないとどうにもならない!
お金はどうするんだ!
ニートばかりになるじゃないか!
と色々言ってくる姿が今から目に浮かんでワシはニコニコしてしまう。

だがの、みなよ
天界はそうだぞ
金などない

仕事してるものもいるし
してないのもいる。
ワシは仕事はしておらんぞ
でも、天界におる。
仏教でいうところの如来界というところらしい。
しかし、ワシはなーんもしとらん。
ミカエルみたいに
今日は日本、明日はアメリカ、明後日はイスラエルと八面六臂の活躍をしておる。
どうもこのブログは
ミカエルやアテナのようなエネルギーが多く流れておるゆえ
仕事をせにゃいかん
という考えになりやすいが
ミカエルもそこまでは思っておらんぞ。
あのミカエルでも、だ。


ミカエルも心を亡くすほど仕事をしておるわけではない。

ワシはの
皆が心を亡くし
心の豊かさの代わりに地上的な成功やお金を得て空虚な幸せを手に入れてるのが本当の幸せなのか
それをきいてみたいのだよ


成功主義
仕事主義
拝金主義
成果主義
唯物主義
アテナや巫女も男性性の暴走とかなんとかいってたの
そんな言葉はどうでもいいが、そちらに偏りすぎて
全てにおいて余地がない
余裕がない
遊びがない

目的に沿わないことはやらない
簡単にいうとそういう者が多い


余地から豊かさが生まれ
文化が生まれる

今日本は荒廃してきておると聞くが
ワシが日本をみてみるとその辺が関係しているのではないかと感じておるが皆はどう思うかの?

余地がない
文化をうみだす余地がないほど心を亡くしてるものばかり故にこうなっているのではあるまいか。

その反動でニートと言われる人々や
この流れについていけないものを多く生み出してないか?

成功主義
目的主義
成果主義
これが全てではない


金をたくさん稼ぐ一生があってもよいが
全員がそうでなくていい


ワシなど地上の時にいた時は労働などしておらん。
皆の知ってるソクラテスもそうだ。
それで奥方によく怒られておったの。
奥方からすればそうなるが
ソクラテスは戦争にはいったが、仕事という仕事はほぼしておらんの。

イエスキリストもそうではないか?
大工の手伝いはしておったが、地上の仕事という仕事はしておらんぞ。

ワシがいいたいことがなんとなくわかってきた頃かの?

仕事をしてみなの人生に何が残るのか。
心が豊かになるのか
心を亡くした生活をしてないか
考えてみるのもよいのではないか?