久しぶりの記紀語りをします。
僕はいつものように
絶対無限のエネルギーの中にいてお話をしています。
ゆったりと絶対無限のエネルギーにたゆたいながら記紀語りを始めましょう。
イザナギとイザナミは可愛い我が子たち
オオヤシマノクニを可愛がりました。
それからもたくさんの神々が生まれましたが
ある時、火の神カグツチが生まれました。
その時に悲しいことにイザナミはなくなってしまいます。
イザナギは嘆き悲しみ怒り、カグツチを殺めます。
神道の神話なのに物騒な話がでてきます。
これはどういうことなのか。
いろんな解釈があります。
火の神カグツチはイザナミの子宮にいる頃から火の神です。
子宮、つまり家庭ですね。
家庭が火に包まれる
火は怒りですから
家庭の中に怒りがあると
子が親を殺め
親が子を殺めることがおこる
とも読み取れます。
イザナギは奥さんを亡くしたからって可愛い我が子を殺すなんていう荒々しいことをする神ではありません。
でも、敢えてそう記されているということは何かあるのです。
その何かを皆さんなりに推理してみてください。
僕は今言ったような解釈です。
そして、イザナギはイザナミを探しに黄泉の国へ行きます。
これはタブーです。
それでもイザナミに帰ってきて欲しい。
イザナギはイザナミを愛し大切に思ってましたから
また一緒にいたいと思ったのは当然です。
でも、やっぱり一度黄泉の国へいったものは
あのイザナギでさえ取り戻せないのです。
これは絶対的な真理なのです。
一度黄泉の国へいったものは二度と帰ってはこない。
悲しくて辛くて耐え難いけれど、厳然たる事実です。
それを受け入れていきていくしかないのです。
記紀の中でも最初の方に
家庭のことや生と死について柔らかく書かれています。
けれど、心を入れて深く読んでいくと神理が顔を見せ始めます。
ただ文字列を読むのではなく心で読む。
そうすると記紀はみなさんに神道の世界へ連れて行ってくれます。
神道の神々が言いたかったこと
示したかったこと
表したかったこと
全てそこにあります。
神でさえ一定の法則の中に生きている
ということです。
神でさえ、です。
またいつか記紀語りをしましょうね。
ありがとうございました