観音がでてとても優しくお話してくれてますね。
観音は阿弥陀の慈悲を体現している菩薩なので
慈悲の思いが強い菩薩です。
寄り添ってくれるでしょう。
観音には性別はないということになってますけど
ありますよ。
ありますあります。
この観音は女性です。
女性的な共感力で慈悲を発揮してます。
だから、巫女が共感力は自他境界曖昧じゃないかとか言ってましたけど
使いようなんですよ。
観音みたいに使えばね
優しくて寄り添ってくれる人になれますよ。
でも、地上だとね、なかなか共感力が強い人っていうのは巫女がいうように自他境界が曖昧なほうに言ってしまう事がありますね。
全員ではないですよ。
全員ではないけど、そうなりがちであるって事です。
それでも使いようなので
観音のように使えばそれはそれは素晴らしい使い方です。
観音様ですから、共感力、慈悲が素晴らしいのは間違いないですがね。
地上の人は観音様と接するだけで
ああ、何と素晴らしいんだって感動しますよね。
寄り添ってくれて共感してくれてね
巫女みたいに厳しいことも言わないし
ひたすら優しい。
いいところばかりですよ。
でもね、観音もあくまでも菩薩で如来じゃないんですよ。
まだまだ学生なんですねー。
こんなに素晴らしくても学生ですよ。
どうなったら如来になれるんだ
いつ社会人になれるんだって思いますよねー
心の世界っていうのは
広大無辺です。
地上では例えば、100メートル8秒とか9秒とか競ってますよね。
それを天界でいうなら如来は1秒でゴールに立ってるとか
なんなら用意ドンのピストルが鳴った瞬間にゴールにいるとか
そんなです。
一方菩薩は100メートル9秒きれるかとかね。
それくらいの差があります。
この差は大きいんですよ。
なかなか埋まらない。
菩薩から如来になるには何回転生輪廻すればいいのかって話ですけど
まーその魂によりますけど
地球でいうと数億年でも出てないです。
それくらいのものなんです。
これからはどうかわからないけど、今までは地球数億年の中で菩薩から如来へ出世した人はいないですね。
如来見習いくらいになった人はいるけど、完全なる如来はいないです。
それくらい時間かかるんです。
っていうとなんかもうね
みなさん気が遠くなってやる気なくしてもういいや!って投げ出す人もいるかもしれないけど、そうじゃないんです。
地球の地上の時間で考えてるから数億年って長いって思うだけなんです。
魂からすると数億年っていうのは地上だと数年です。
そんなもんです。
だから、がっかりすることないんです。
それにね、僕はいつも菩薩たちに話すときに
君らは幸せだって言います。
菩薩から如来になるという成長の喜びが味わえるんだから
それは魂としたら一回しか味わえない。
だから、菩薩としての成長を感じつつ楽しみながら
如来になったときの喜びを楽しみにって言います。
僕はもう如来になる楽しみは体験できないんですよ。
別の楽しみ、喜びはありますけどね。
だから、菩薩は色々泥被ったり、下働きしたり
大変だけど、ある意味1番楽しい時期かもしれないね。
みなさんの中には菩薩もいるし、そうじゃない人もいますけど
菩薩じゃない人も
アラハン、阿羅漢になった喜びとか
菩薩になれた喜びとか喜びが待ってますからね。
別にガッカリする必要ないですよ。
それぞれの段階でいろんな喜びがあります。
それはね、お金払っても味わえないんですよ。
魂が震える喜びっていうのはお金じゃ買えないものなんです。
それをみなさんはこれからたくさん味わえますから
ある意味幸せですよ。
地上は辛いことばっかりな気がしますけど、そんなことないですからね。