私は今よりずっと前に生まれてきた巫女にしか過ぎず
神道系の神の一人などという扱いは勿体無いのですが、みなさんが私をそのように慕ってくれていてありがたくもうれしくもあり
また恐縮する次第です。
当時、私は今でいう
「普通の女性」でした。
これは本当です。
確かに、有名どころでは私の甥はヤマトタケルですが、だからと言ってわたしが大活躍したとか
他の人よりなにか秀でたものがあるとか
そういうことではなく
時代的には神を身近にかんじていたのと
天皇の娘であったというだけで、特別な存在ではありませんでした。
今よりもちろん、全てが質素であり、簡素であり、不便でした。
でもその代わり、神というべき自然、自然というべき神が近くにあり
私たちはいつも神に囲まれ
幼い時は遊び
大人になると自然と神と共に生きるということを言葉を通さずとも得ていきました。
それだけなのです。
ですので、みなさん。
伊勢に私の神社があるのですけど、祀られるようなことはなにもしていないのです。
確かにアマテラスを伊勢にまつり、初代斎宮となったかもしれませんが
それは私の力ではなく
神道系の神々の導きの末成し得たことで、私一人がやったことではありません。
ですから、私は本当にどこにでもいる普通の女性ですし、巫女をやるくらいですから多少はその能力があったかもしれませんが
のんびりとゆったりとすごした一女性でした。
これは、神道の女性はみな同じようなことを話していると思いますが、本当にそうなのです。
しかし、その縁で私はアマテラスとよくお話するのですけれど
アマテラスの素晴らしいところはアテナも少し話しましたが、受容だと思います。
あの方ほど受容する方をみたことがありません。
みなさんは無条件に無限に受容、自分に受け入れられたことがあるでしょうか?
そうされた時どんな気持ちになるでしょうか?
私たち神道系はみなアマテラスから無条件に無限に受け入れられて
この上ない幸せを味わっているのです。
無条件に無限に受けいれらると、とても安心できるのです。
自信もも出てきます。
こんなに自分を許し信じてくれるのかと、喜びも感じますし、この人のためになにかしたいと行動する人がでてくるかもしれません。
無限にそして、無条件に受け入れる
自分を無限に無条件にうけいれてくれる存在がアマテラスなのです。
みなさん、地上にそんな存在お持ちですか?
実は、それくらい無条件に無限に受けいれてくれる人とは少ないのです。
もし、そのような方がいるなら地上で神道系の我々と同じ幸せを味わってることになりますね。
味わってないならば
まず、自分を無条件に無限に受け入れてはどうでしょうか。
アマテラスをみていると
アマテラスは人に対しても受け入れてますが
アマテラス自身も受け入れてます。
これは陰的なことで、あまり重視されなかったことです。
自分が自分がと我を全面に出す人からは想像つかない価値なく弱々しいことですが、真の受容の方を知ると
我を出すことがどういうことかわかってきます。
特に日本人ならばその愚かさに気づくはずです。
受容には実はとてつもない
陽にはないパワーがあるのです。
ですから、陽は受容を得意とする陰をほしがるのです。
といっても、すぐには無限に無条件には受け入れられないはずです。
いいのです。
それでいいのです。
すぐには無条件に無限に受け入れられない自分さえも受け入れて仕舞えばいいのです。
できない自分も受け入れる。
それが無条件に無限に自分を受け入れることなのです。