我はゼウスである

マヌが話した

全=個

ならば
どれにも神はある

日本にある思想にも
似ている

神は全てに
鎮座ましましている

故に
ソウルワークをした時に
特に
アンドロギュノスが
ソウルワークをした時
その
ソウルワークに
触れたものたちが
神を感じるような
ソウルワークである事は
当たり前である


何故なら
全てに神があり
それは
アンドロギュノスは
すでに知っており
そのエネルギーが
ソウルワークに
宿るからである



アンドロギュノスで
なくとも
ソウルワークとは
魂の仕事

ならば
突き詰めれば
必ず神がいることを
知ることになる
それは
全てにおいて
そうなる
神と無関係に
見える世界であっても
必ず
神を感じること
になる



アンドロギュノスは
ソウルワークを使って
みなに
わかりやすく
神を思い出させる
役割も
もっている



我が娘アテナではないが
アンドロギュノスとは
単なる
恋愛物語ではない


光が強い分
闇も深い
その闇を使って
ソウルワークを
するものも多い
闇は我ゼウスにも
付き纏ったが
我も光に変えた

闇に文句をいうのは
半人前ぞ
闇を喰らって
我がものし
光や美にかえてこその
闇である



これからの
アンドロギュノスの
ソウルワークは
後も簡単に
それらに
ふれたらなら
神を思い出すような
ソウルワークに
なっていくだろう


全=個
なのだから

それを思い出すこと
真実を思い出すこと

それが
天国を地上に
表すことにもなる


真意は継承していく


みなが
真意を継承していく