肉体持って人間として
三次元世界で生きてると
だれでも神の目から見て完璧に過ごすってことは出来ないんですね。
それはもう地上の煩悩に翻弄されたり
かと思えば真逆にとてもストイックになって結婚しませんとか
色々いい塩梅にすごすっていうのが難しいですね。

だから、イスラム教なんて1日5回神に祈る時間があって、今の社会にそぐわないように思えますけど
地上の煩悩に浸かってても
ハッとして
ちょっとまずいことしてたなあとか
振り返って自分を正せるんですね。
だから、なんで1日に何回も神に祈るのかって
不便じゃないのかって
日本人は思うかもしれないけど、やはりね
意味があるんですよ。
ぼーっとしてると神なんてわすれちゃうから
一日五回は神を思い出す時間を設けるということをイスラムではしたんです。

環境もね
過酷な環境でしたからね。

日本は自然の中にありましたから
神と共に生きるという感じだったので
敢えて神を思い出すってことをしなくても
常に神がそこにいるという感じでした。
昔の人はもっと見えないものが見えてましたからね。


僕が何を言いたいかというと、人っていうのは色々あるってことです。
光も闇も。
しってるよ!そんなの。
って口とんがらかして言う人はさほどわかってないです。
地上でいきてるとほんとにぜんぶ光ってわけにはいかないです。
光であっても闇をとおった光ってのがよくありますよ。
最初から一つのシミもないまっさらの美しい光っていうのはなかなかないんです。
みんな脛に傷もつ存在です。

後悔もありますよ。


でもね、まあ地上では過去にはいけない。
この今しかないから
この今という瞬間をどう捉えらるか。
この今という瞬間を自分をどんな存在としていさせるか。

それしかないんです。


みなさん、地上界の時間は川のように流れいくものです。
掴めないです。
掴もうとしても水ですから掴めないですね。
川上に行くより流れに任せて川下に行く方が楽ですし
豪華客船で行くのか
イカダなのか
漁船なのか
自力で泳いでいくのか
それは選べますね。

どんな自分であるのか
どんな自分をえらんでいくのか

もう同じ話何回もしてますけど
みなさん、今からね
重要なんですよ。
多分、みなさんの守護霊や指導霊から迫られてると思いますよ。

どんな自分でいるのか
どんな自分であるのか

これでみなさんの人生が決まります。