私アテナが地上に出ているアンドロギュノスをサポートする立場にあるものとして、アンドロギュノスたちを見た時
やはり光が強く大きいものほど
闇もまた強く暗く辛いものです。

光と闇は表裏一体。
光だけでも
闇だけでも存在できない。
それが地球の現象界の掟です。

昼と夜があるように
夏と冬があるように
地上界にはどちらもあります。

闇から転落し
地獄界へと通じてしまうものもいますが
単なる闇だけでは地獄へは通じません。
闇の中にいる自分はどんな自分でいたいのか
絶望の自分でいたいのか
恨みつらみで人生を彩りたいのか
前を向きたいのか
闇の中でも光や神を見つけたいのか
それでその人の在り方が決まります。



アンドロギュノスはそれが強く求められ
自分の在り方
神への信頼
光が大きく強いからこその闇の深さへの受容
魂の強度なども問われます。


ですから、自分がアンドロギュノスと知った時
喜ぶのは真のアンドロギュノスではない可能性が高いか、真のアンドロギュノスが待ち受ける闇がどんなものか知らないだけか、なのです。
真のアンドロギュノスなら
うすうす来たる闇がどんなものか気がついており
自分が真のアンドロギュノスであることを嫌がる場合もでてきます。
呑気なことを言ってられなくなるからです。


アンドロギュノスの闇は生半可な闇ではありません。
私が昼間話したような
想像を絶するような闇もよくあるのです。

何度も私は語ります。

アンドロギュノスとは可愛らしい恋物語ではありません。
地獄の底をなめるくらいの深く辛い闇を喰らうことになるのです。

光が強いなら尚更
その闇も深くなり
辛さもキツくなります。
しかし、その闇を光や愛に変えてこそアンドロギュノスなのです。
神はそれをみています。
よく見ています。

私を神がいつも見ているように。