魂が肉体を持って地上に生きているといろんなことがあります。
仏陀という人が肉体を持った時にその辺詳しく話していきました。
みなさんもちょっとは聞いたことがあるでしょう。

まあ、地上にいきてると
翻弄されて
神様とか大切な教えなんて忘れちゃって
女の人おっかけたり
お金の亡者になったり
色々執着しますね。

で、時々神様がそういう人に肩たたいて
おまえさん、その人生でいいの?ってことで
いろんなことで自分の本来の人生を気づかせることをします。

神様はだいたい想定してますよ。
地上に生まれたら神様のことなんてすっかり忘れるだろうってことをね。
それくらい地上は魅力的だし、神様のことを忘れるくらい誘惑に溢れてます。
でも、その中で
あれ?ってなった時に
神にかえれるように
神はいろんな道を用意してくれてます。
それは確かにあるんですが
時々、神なんていない!なんてね
そんな言葉も僕にも聞こえてきますけど
神が用意してくれている様々な救いの道を自分でみつける「目」と「嗅覚」を日頃から養っておかないと
いざって時に
ほんとに絶望して
この世に救いはないって思ってしまいます。

必ず神や僕たちは手を差し伸べています。

僕たちの声をうけとっている巫女も
今回の息子の死というね
非常に辛い出来事がありまして
僕もじっとみていました。
彼女がどうするのか
どうなるのか
どんな自分でいるのか。

非常な悲しみの中で本性が出ることがありますからね。

以前の転生輪廻では
神を恨み
自分の環境を恨み
権力を恨み
生まれ変わっても
その恨みはなかなか消えませんでしたが
今回は誰のことも恨みませんでした。
悲しみの質は違うとは言え
悲しみを誰かのせいにして
闇から逃げてしまいたいと思う時もあるのです。

でも、巫女はそうしませんでしたね。
かなりもがきましたが、正面から闇を受け止めました。
みなさんもそれはみていたでしょう。



僕は子が己より先に死ぬことを悲しむなと言えるほど
ではありまけん。
悲しみは一生ついてまわるでしょう。
母親ならなおのこと。

しかし、反面
巫女もわかっているようですが
全てのものは移り変わり
種が双葉になり
本葉になり若木になり
成木になり
冬になれば葉はおち
春になれば花は咲き
秋には実をつけます。

地上界というのは
それと同じく諸行無常の世界。
常なるものはない世界です。
時には順番が後先になってしまうこともあります。
それが地上界で
そこに悲しみが生じることもあります。

そこからなにをどう得ていくのか。
本人も語っていますが
闇から何を得るのか。
自分の運命を受け入れ
そこから何をどう得るのか。

私たち天界のものが
何故か同じようなことを何回もはなしていますが
何回も話すことに重要さを見てください。

とても大事です。

いつもエネルギー大爆発な僕もいつもより神妙に話している態度にもなにかを感じ取ってください。

みなさん、お若いからお子さんがいない方も多いでしょうし
いたとしても成人してない方も多いでしょう。
やはりね、息子が成人して
第一子もいて、第二子もお腹の中にいる状態で
奥さんと子供を残して
息子が去るという悲しみはなかなか想像つかないと思います。

そのみなさんがそうそう想像つかない悲しみを飲み込んで、巫女はどう生きるのか。

よくよくみていてください