何となくYouTube みてたら出産の動画が何故かおすすめに出てきました。

北斗の時こうだったなあと思い出しました。
3月の末だったけど、もう桜咲いてたんです。
病室から桜が見えて、今年は桜咲くの早いなあなんて思ってました。
だから、毎年桜の時期になると
北斗が生まれたことや
子供たちの入学式のことを思い出します。

毎年誕生日には三人それぞれに生まれた日はどんな日だったのか
話して聞かせてました。
大人になってからも続けてて北斗には去年の3月にもしてました。

今年もやりますよ。
天国の北斗に向けてね。
北斗が生まれてことがいかに嬉しかったか。
北斗がいかにかわいかったか
愛されたか

私が死ぬまでそれはやります。

そして、孫にも折に触れて
北斗がいかにすごい男だったか話すつもりです。
北斗のことを伝え残していきたいです。



当の本人は今
これから生まれる赤ちゃんと話して、地上について「教育中」と言ってたけど
あんな高貴な人の教育をできるんだろうか…


今日、やっと化粧しました。
髪の毛用のオイルも買って
見た目にも少し気を使えるようになれたかな。



理系の人が言ってたけど
生まれてから成長していくうちは掴むものが多くなるんだけど
ある年齢になるとだんだん掴むものを少なくしていかなきゃならん。
自分で少なくできる人もいるし、強引に少なくさせられる人もいる。
死ぬ間際には、ほとんど掴むものがない状態にしておくのが一番いいって言ってたんだけど
私の場合は、過去を振り返ると突然掴んでいたものを無理に少なくさせられたり、奪われたりすることが多い。
でもね、と理系の人はいうわけ。

結局は同じだよって。
いつかは誰でも死ぬ。
だれでも肉体がなくなって天国か地獄かわかんないけど、目に見えない世界に行く。
結局は行き着く先は同じ。
万人平等に死はやってくるよって。
生まれた瞬間から死へまっしぐらに向かう中で
自分は何をどう生きるのか
それを選んで行くのが人生だよとも言ってました。


いい話ではあるけど、まだちょっと私には無理かな。