国家間と個人間で同じことが起こっています。

それはそれぞれの真実と正義のぶつかり合いです。

自分にとってはこれが真実だから
正義だから
これが絶対なんだ
となる。

狭い世界にいるととくにそうなりますね。

でも、地球の至る所でその真実や正義が通用するのかと言ったらそんなことはありません。

正義や真実ひとつなようで人それぞれ違います。

だからこそ、アテナが世界や宇宙を視野に入れたソウルワークをといつも言っているのです。
今の時代、自分の周りだけのソウルワーク
自分の地域だけのソウルワーク
というわけにはいかないのです。

それをみなさんは織り込み済みでうまれてきております。



私はレムリアで生まれ、王として生きてきました。
その時は私らしく根底には芸術というものを忍ばせました。

全ての究極には神がいる
そして、芸術を通して神に近づくということをしていました。

芸術というのは
正義や真実というものはほとんどありません。
ないといってもいいかもしれませんね。

みなさんも絵を見た時
好き嫌いはあっても
あれは真実ではないとか
正義であるとか
そのような感想は持たないはずです。
もちろん、切磋琢磨して良い意味で競い合うことはしていくでしょうけど
芸術は全てが真実であり
正義です。
だから、私が治めていたレムリアの時代は地獄に行く人が少なかったのです。

この視点が今の地上にはないのです。

こちらが正しいのだ
あちらは異端だと
自分の主張を押し倒すしか能がないのか
そればかりですね。

神からみたら
どちらも真実であり
どちらも真実でなし
どちらも正義であり
どちらも正義でなし

自分こそ正義ととなえるのは気持ちが良いでしょう。
自分に酔えるから。
でも、それか何を引き起こすのかということです。


調和をうみだしますか?
神の心を展開させることができるでしょうか?

ここはみなさんに考えていただきたい。


みなさんの共通の使命に
天国を地上に現すというのがあります。
この使命に基づいた時の
正義の使い方
真実の使い方。
振り回されないように気をつけましょう。