ラクシュミー「まだまだ美しの宮が疲れているので
こちらもゆったりメッセージ下ろしますね。


さて、みなさん。
私たちが

魂で生きよ

何回も話しました。

これ言い方を変えれば

愛そのものになれ
愛で生きよ
愛として生きよ

ということです。

魂は愛そのものです。
三次元にいきていると
愛以外のもので魂をコーティングしてしまいますね。
それが三次元の面白いところであり
そこからまた喜怒哀楽があって三次元の良さでもあります。
でも、愛だけに関していうと

愛ではないものでコーティングされていますから
だんだん魂が苦しくなるんですね。
もう、愛そのもので生きていたい
魂だけでいきたい
余計なものはいらない

そうなってきます。

でも、その時にすぐ魂で生きられる人は少ないです。
殆どの人はそこで苦しい思いをします。

三次元に馴染んでいたり
三次元の社会の中でいろんな責任を負っていたり
責任を果たしていると
そういうものを捨てないと魂でいきられないからです。

やはり、背負っていれば背負っているほど
捨てるのが大変です。
それはそうですね。

でも、私からあえていうと
それはあなたが「勝手に」背負ったものです。
違いますか?
そして、背負ってない人もいます。

だから、それを捨てられるんですよ。
愛そのもので生きられるのです。
あなたの本当の願いである
魂でいきる
愛そのものでいきる

それは可能なことです。


私たちはいつもシンプルで簡単なことしか話してません。

みなさんは
魂で生きることが難しいから
天界の人はいつも難しいことしかいわない
辛いことしか言わないと思ってますけど
そうじゃないですよ

みなさんの本質は愛です。
三次元でも愛そのものでいきたいんです。
できないから苦しいんです。

その苦しみは愛そのものでいきてないからですよ。

私たちが愛でいきていいんですよといっても
捨てられないとか
苦しいとか
言うんですね。

自作自演なんです。
自分で勝手に背負って苦しんで
それで愛でいきられないと言ってるんですよ。



みなさんは
本来の姿で三次元でも生きたいと願っています。
愛そのものでいきたいんですよ。

愛して愛して愛し抜いて
それを表現したいんです。
それをみなさんの魂は望んでいるんです。



今、とても苦しいとか
辛いとか
そう感じている方もいますね。

朝話したように
その苦しさの中から
花を咲かせることが出来ますし
その苦しさの中で
自分自身を幸せにすることも出来ます。


でも、どうか忘れないでほしいのは


みなさんは


愛そのものであり
愛に生きたい

そういう存在なのです。

それは皆さん一人一人が神の一部だからです