理系の人「みなさん、こんにちは。

 

基本的なことを僕は改めていうよ。

 

みんな、人から言われたことを気にするよね。

まあ、地上で生きているとよくあることだよ。

でも、それにいつまでも振り回されないってことです。

 

 

例えば、さっきの話の嫉妬、羨望もそう。

それと馬鹿にされたり見下されたこともそう。

 

だって、今言われたことじゃないでしょ?

全部過去だよ。

もう過ぎ去ったこと。

それを引っ張り出して、その気持ちを味わうってどうなのかな?

自愛してることになるのかな?

 

確かに、思い出して忸怩たる思いになる時もあるよ。

でも、そんな時はスパッと思考を切るんです。

だっていいことないです。

自分にそんな嫌な気持ち味合わせてるんですから。

 

そういうのも、捨てよってことです。

 

人に馬鹿にされる見下されるなんてよくあります。

そして、言った本人あんまり覚えてないし

まあ、覚えてたとしても

自分に自信がないから人を見下すんですよ。

見下してその時だけは自分が上だって気分になれるでしょ?

だから、そんな人が言った言葉をいつまでも気にしてる場合じゃないんです。

だったら、もっと自分を気持ちよくさせる

自分を愛することです。

楽しいことを自分に与えることです。

 

僕だって批判されたり見下されることありますよ。

理系の人、大したことないとか

まだまだだなとか言われることありますよ。

でもね、じゃあ、それ言ってる人どうなんですか、と。

僕以上なんですか、と。

 

そういう見下し発言する人はそういうことに気がつくのも愛ですよ。

全ては愛なんですけど

全てが愛だと気がつく一歩として

自分がなにをしているのか理解する

というのもあります。

自分がなにをしてるのか

なにをしてきたのか

自覚なくとんでもないことをやってきたということはこれからもやるってことです。

その言動が愛だったのか

愛に満ちた言動であったのか

相手を引き摺り下ろそうとした言動ではなかったのか

そこチェックですよ。

 

人を責める前にまず自分です。

知識で愛そのものっていうことをしってても

実感し行動が伴わないと知らないのと同じです。

ラクシュミーやヴィシュヌは優しいですから

僕みたいに厳しいことは言わないけど

僕はそこみてますよ。