理系の人「みなさん、こんにちは。
自分がある程度のところまで来たら
後進を育てていくことを考えるんだよ。
例えば、もっと学びたいって思っても
宇宙が
お前はもう学ぶんじゃなくて
与える方だ!っていうサイン送ってくる場合もあります。
教育者といえば
地球では、仏陀と孔子が有名ですけど
仏教的にいうと如来クラスになるとみんな教育者だね。
菩薩もだいぶそうなってきてるよ。
僕たちは、こうやってメッセージ送ってますけど
自分たちがすごいということをひけらかそうとしてるわけではないんです。
そうじゃなくて、このブログ読んで
すこしでも自分の中の宝に気づいて欲しいんです。
みんなの中には僕たちと同じ宝があります。
あるんだよ。
それに気付いてるかきづいてないか、ですよ。
そして、どうやって気付かせるか
ということが教育ともいえます。
まさに、教えて育てるわけです。
教育というのは
自分の思い通りに生徒や教え子を従わせるんじゃないですよ。
生徒に対して縦横無尽に対応していくのが教育者です。
自分の教え方に従わないからだめだとか
あいつは自分のプライド捨てないとダメだとか
生徒に求めてるようでは
教育者として半人前です。
そして、よく言われますけど
偉大な教育者というのは
教え子が多いのが偉大な教育者ではないんです。
教え子を何人も偉大な教育者に育てていくのが真の偉大な教育者です。
自分は偉大なんだって言って
教え子の数を競ってるのは偉大な教育者ではないですよ。
功名心にかられてるだけです。
自分と同じレベルに引き上げるのが教育者です。
教育というと堅苦しくて難しくなるから
僕たちもほとんどその言葉は使いませんけど
実はそういうことなんです。
そして、自分のやり方や姿を見せていくのも教育者です。
我の背中を見よ方式ですね。
みんなに示していくやり方です。
それがラクシュミーやアテナです。
彼女達は意識して教育してるとは思ってないけど、やってることは教育です。
結果、お礼のDMが沢山来てるんだよね。
あの二人のブログ読んで
エネルギー感じてってことでしょ。
そういうことでみんなも
ある程度のところまでいったら
アウトプットという名の後進の指導だよ。
必ずそこに移行します。
それがある意味、菩薩への第一歩。
菩薩行の始まりです。