ヴィシュヌ「やっと私と話せるようになり
嬉しく思います。
ここではラクシュミーばかりが登場して
その相手のヴィシュヌは名前のみ。
どんな輩なのか
不思議だった人もいるでしょう。
インドにヒンドゥー教というのがありまして
その中に
三位一体思想というのがあります。
創造、維持、破壊。
それぞれを司る神がいて
ヴィシュヌはその中の維持を担当していると言われています。
そういうヒンドゥーの理論、理念、概念があるわけです。
そして、ヴィシュヌでいうとたくさんのアヴァターラ(アバターのこと)
をもち、様々な姿で地上に現れると言われています。
ここまでは、世に出回っているヴィシュヌです。
実際のところ
私は数千年前、インドの地に降り
人々を導いてきました。
それがいつしか神として祀られるようになったのです。
その当時、私はインドの地の戦乱を治め
それを維持し
平和な時代を築きました。
祭政一致の指導者といえばわかりやすいでしょうか。
そして、その時に
必ず私のそばにいたのが
ラクシュミーです。
私一人である程度のことは成し遂げられますが
ラクシュミーがいないと話にならないほど
成果が違ったのです。
ここで皆がいうように
ラクシュミーは私ヴィシュヌに神権王権を与え
私のエネルギーの源となったのです。
ヴィシュヌはラクシュミーなくして成り立たないのです。
私はラクシュミー以外ではエネルギーでないと力が発揮できないのです。
私とラクシュミーは完全なるペア
ギリシャの女神アテナがいうところのアンドロギュノスなのでしょう。
ネットにヴィシュヌとラクシュミーの絵画が出回ってると思いますが
見て明らかなように
私一人の絵だとこころなしか不安げです。
でも、ラクシュミーがいると自信に充ちた顔をしています。
地上の画家たちもこの辺はよくご存知なのですね。
ヴィシュヌを少しでも知ってる方は
あのヴィシュヌがこんなにラクシュミーラクシュミーというのかと
首を傾げるかもしれないですね。
私がこれほどラクシュミーのことをいうのは
彼女に感謝と愛と尊敬の気持ちを持っているからです。
圧倒的なオリジナルなエネルギーをもつラクシュミーを賛美するのは当然です。
ここまで私は彼女に気を許しています。
彼女に愛を開き全面降伏しています。
これは、地上の男性でできている人は殆どいません。
男のプライドがあって
女性に愛で降伏するのはとてもとても出来ないのです。
かつて、私もそうでした。
しかし、降伏することは
別に負けることでもなく
傷つくことでもなく
むしろラクシュミーを喜ばせることになりました。
なんと小さなエゴ、プライドにこだわっていたのでしょうか。
世の男性たち。
あなたを愛してくれる女性に愛を開くことは
負けでもなく
屈辱でもなく
あなた自身を真の愛の中に置くことになります。
どうか、勇気を持って
そして、安心して
愛を開いてください。
そして、世の女性たち。
男性が愛を開くまで
自分の圧倒的なエネルギーで生きてください。
エネルギーを最高度にたかめ
輝かせ、光らせ、循環させてください。
そして、男性がきたら
素直に受け入れてあげてください。
男性はあなたが必要なのです。
ほかでもないあなたが。
ヴィシュヌとラクシュミーの話はまだまだ続きます