「祈りというのは
大変個人的なもので

個と神の対話であります。

ですから、第三者といものが介在しません。

いつも
ちいさな個人と大いなるものが
相対して語らう。
それが祈りなのです。

なので、人前で
声高らかに祈る。

こんな人は信用できません。


大向こうの受けを狙って祈る。
これでは祈りの真の意味を理解してないばかりではなく
せっかくの個と神の対話の機会を逃していることになります。



私は祈りの時
こんな立派なことを言った!
と他に誇りたくなる時もあるでしょう。
他のものよ、見よ。
我の祈りを見よ、と。


しかし、その慢心が
その増長した心が
神と正反対の心と知らなくてはなりません。


神は決して奢らないのです。
神は決して自分を誇示しないのです。
淡々とそのものを生かし育む、それが神なのです。



どうか
己を誇示し慢心からでた
文言や祈りに注意してください。

個と神の対話とは
本当に個人的なものなのです。