ポセイドン「此処に来る前にもう一度三次元世界を見てきたが

やはり、みな苦しんでいる者が多い。

それは一つに
己を制限の中に閉じ込めているからではないのか。

ワシは何度も同じようなことしかいってきてない気がするが


こうしなくてはいけないという枠を作り
その中に入って苦しむ。
自作自演とはこのこと。

そして、その枠でもって人を裁く。


自分はこの枠の中でお行儀よくやってきた
どうだ?
えらいだろう
お前もやってみろ
といわんばかりに
人に押し付ける

ワシからみたら滑稽な芝居よ。


こちらの世界
神に近づけば近づくほど
制限がなく自由ぞ。

日本でも有名な仏陀。
掴むなかれという教えらしいな。
ワシは小難しい理論はよく知らんが
つまりは、制限するなということではないのか。
悟りとは己の制限を外して自由になるということではないのか。
まあ、ギリシャの神が仏教を語っては
仏教系から文句が出そうだからやめるが


しかし
こうしてはいかん
これはだめ
と言ってるものは幸せそうに見えるのか?
ワシは見えんぞ


己を制限という鎖で縛り
結果どうなってる?
行き場のない感情が荒れ狂い
地獄を展開してはいないか?



三次元のものは
自己限定があたかもいいことのように思っているようだが
いかに窮屈か



ギリシャの海の神
荒神のワシがいっても
戯言と取られかねないが



しかし、地上のものをみるにつけ
ワシは感じるのだ。

何故そんなに自らを縛って苦しむのか
本当に不思議なのだ。

もっと本来自由なのに
何故自らを限定するのか


もっともっと
軽やかに生きられるぞ
もっともっと
ダイナミックに生きられるぞ

くだらん足枷をはずして
知で己を制限せず

もっと感性でいきてみてはどうだ?

魂は感性に働きかけるぞ
知性には働きかけん


感じること
いまこの世の中
三次元世界ではなおざりになっている。


勢至たちが何度も
魂の声を聞けといってるが
知性で魂の声を聞こうとしても聞けんぞ

聞くなら感性で聞け。
幼子のような気持ちで
幼子のような感じる心で魂の声をきけ