観音(^∇^)「こんばんは(^∇^)
愛に悩んでいるかたが多いですね(^∇^)
そんな時はこの観音を呼んでください(^∇^)
そばに寄り添います(^∇^)
悩んでいる方の助けになりますよ(^∇^)
私が見ますところによると
愛によって苦しみ、悲しみを作り出していますね(^∇^)
不思議ですね。
愛とは苦しみや悲しみとは対極にあるのに(^∇^)
しかし、ふたたびよくみてみるとみえてきます(^∇^)
そこに愛ではないもの、これが入るから苦しんだり悩んだりしているようです(^∇^)
それはなんでしょう?(^∇^)
一例ですよ?
一例だと
相手を自分の思い通りにしたい
これが多いのではないでしょうか(^∇^)
相手をコントロールしたい
自分の気にいる相手であってほしい
自分の好きなように動く相手であってほしい
自分に優しい相手であってほしい
自分の要求を飲んでくれる相手であってほしい
どうですか?(^∇^)
そうじゃないから、苦しかったり悩んだりではないですか?(^∇^)
これら、愛のようにみえますが、愛ではないですよね(^∇^)
しかし、こうなる気持ちもわかります。
相手が好きであるとこうなってしまう気持ちもわかります(^∇^)
しかしですね
観音の提案としてですけど
どんな相手でも愛する
これはどうでしょう?(^∇^)
愛する人が自分に対して気に入らないことをする
嫌なことをする
こちらの要求をきいてくれない
などなど(^∇^)
そんな相手でも愛する(^∇^)
どうでしょう?(^∇^)
つまりはですね(^∇^)
無条件に愛してみませんか?ということです(^∇^)
無条件に愛するというと難しいですが
女性でいえば、先ほどのアマテラスがおっしゃっていたように
受容です。
相手を無限に受容していくことです。
これが無条件に愛することになるんです。
相手がどんなことを言ったりやったりしても
時には自分の嫌なことをされたりすることがあるかもしれませんが
それさえも受け入れていく(^∇^)
でも、そんなことは出来ないというでしょう(^∇^)
その気持ちもわかります(^∇^)
しかし、相手を無限に受け入れるというのは
自分に対して自分を無限に受け入れてないとできないんです(^∇^)
どんな自分でもいい(^∇^)
相手を無限に受け入れることができない自分でもいい(^∇^)
そうやって自分をどんどん受け入れていきます(^∇^)
そうすると、いつしか相手も無限に受け入れられるようになります(^∇^)
どうせ、愛するなら
あなたの大切な人を愛するなら
純粋に無条件に愛したいと思いませんか?(^∇^)
それは回り回って自分を愛することになるんです(^∇^)
自分=相手
自分=宇宙
逆も然りですね(^∇^)
相手=自分
宇宙=自分
です(^∇^)
自分に完全な自由を与えるように
相手にも完全な自由を(^∇^)