新生「魔法のランプ」GO!
今日は、さいたま市岩槻区(妙な気分)にある、知的障害者入所更生施設「どうかん」のお祭りに参加してきた。
スタッフ、入居者の皆さんの手作り感満載の会場は、秋の好天にも恵まれ、お祭り気分が溢れていた。
さらに来客数も延べ400人を数える盛況ぶり。
そんな中、新ドラマーの玉やんを迎えた新生「魔法のランプ」は、芸忍座、松風夢之進さんの華麗な和太鼓&忍者パフォーマンスの後をうけ(ちと、やりづらい・・・あんなに盛り上げては・・・)、11時に登場。
こういったイベントに参加するようになってから、午前中の演奏はめずらしくないが、初めは戸惑ったものだ。
最近は健康的に思えてきて・・・と言うのはウソで、まだまだ慣れない。
さて、オリジナルとカバー合わせて6曲ほどのミニライブではあったが、新編成での初ライブはなんとなく緊張気味に始まった。
PAを通して出力してるのは、ヴォーカルとエレクトリックドラムだけで、Kb、G、Bは各自のアンプからの出力のみという、あたりまえで基本的なやり方。
これは、PAミキサーや、モニターに頼りすぎないために、練習時から行っている「アンプ並べてドシャメシャ方法」の実践編である。
え?わからない?
いや、ただアンプを自分の位置から離して、楽器屋さんみたいにまとめて置くだけなんだけどね。
自分の音が他の音と一緒に出てくる感触を理解する、というか。
全体の中の自分の音を認識するというか。
使用アンプのグレードが上がったからできるようになった、ともいえるな。
結果は、演奏内容も音響面のバランスも、最近の練習の成果が出てよかったな、となった。
練習成果が出ないほどガッカリする事はないもんね。
そしてそして、皆さん、熱心に聴いてくれて、歌ってくれたのが、ホントに嬉しかった。
この日は、最後にスタッフ、入居者全員で歌うコーナーが企画されていて、我々はその伴奏も請け負っていたのだが、ここでの大合唱もなかなか気持ちの良い体験だった。
魔法のランプはこれから冬の陣に向かっていくのだが、良いスタートが切れたように思う。
次は10月31日、見沼公園。
私には縁もゆかりもある、さらに恩まである、自治医大さいたま医療センターのとなりだ。
う~む、第2回凱旋公演であるな。
しっかりやらねば。
PLEASE DON’T EVER CHANGE
自宅のCD整理棚には簡単な見出しカードをつけて分け、LPはざっとアルファベット順。
その「B」の棚の最初には「BRINSLEY SCHWARZ(ブリンズリィ シュウォーツ)」を置いている。
ビートルズよりも、バーズよりも、ビーチ・ボーイズよりも、ザ・バンドよりも前なのだ。
ブリンズリィは、Pub Rock(パブロック)という範疇で紹介される事が多いイギリスのバンドだが、それくらい好きなバンド。活動期間は1968年頃から1975年3月まで。
彼らの音楽には、アメリカ音楽への憧れと愛情が素直な形で表現されているし、バンドメンバーであると同時に友人、仲間という意識が感じられて、これがまた好きな点でもあるのだ。
前記の「B」バンドにもそれは十分あるけど、商業的な大成功を手に出来なかったブリンズリィたちには、なおさら思い入れを持ってしまう。
ロックスターではなく、音楽好きのニイちゃん達の集まりのようなんだよね。
そのニイちゃん達は、R&B、カントリー、ポップス等を良質な解釈でオリジナルやカバーに昇華させた素敵な音楽を作った。
しかし、今でこそCD化されて容易に聴けるけど、好きになった頃はLPにプレミアついてて高価だった。
「何かのレコードを数枚買ったら、気に入らないのがあるかもしれん。それなら絶対聴きたいブリンズリィを買おう!」と自分に言い聞かせて、大阪のレコード店から通販で何枚か買った。1枚1万弱だったな・・・
思い入れがあるのは、そのせいかも・・・
いやいや、内容がホントに良かった。
私の求めていたものと完全に一致したのだね。
もちろん、カセットにダビングしてしばらく聴いてた。
LPでさえそんな入手状況だから、バンドの情報なんてものはジャケットに記載されているクレジットとか、英文の解説を読むしかなかった。
そんな中で、「FIFTEEN THOUGHTS OF BRINSLEY SCHWARZ」という解散後のベストアルバム(国内盤)に付いてたライナーは読んだね。
特にマネージャーのデイヴ・ロビンソンの一文は何回も読んだ。
なんというか、感動しながら読んでたよ。
だから、2001年に「パブ・ロック革命/ウィル・バーチ著」が出版された時は嬉しかった~
なにしろ、半分は「ブリンズリィ シュウォーツ物語」だからね~
結成から、デビュー、フィルモア事件、マイナスからの再スタート、メンバーの結束、共同生活、毎晩のように続くライブ、音楽状況の変化、解散、といった流れとその様子が、彼ら自身から語られてる。
驚いたのは、彼らのフェイバリットである、ザ・バンドと会った経験がある事。
まあ、そこでは誤解を与えてしまう結果になるんだけど、それもまたせつなくて・・
要領が悪いんだよな~ニイちゃん達。
Billy Rankin・・Ds
Nick Lowe・・Vo&B
Brinsley Schwarz・・Vo&G
Bob Andrews・・Vo&Kb
Ian Gomm・・Vo&G
5枚目のアルバム「PLEASE DON’T EVER CHANGE」
はいはい、わかってますよ。
変わりませんよ。
BPM=40
なんて、エラそうなものではない。
メトロノームを、BPM=40という速度で運指をする方法を知ったので、やってみた。
出来なかった・・・
こりゃ、大変。
いまさらながら、わが身(ウデ)の未熟さを知る。
また誰かのせいにしようかな、とも思ったが、実は皆が気がついているのだという事に気づいた。
忙しくバンド活動なんてやっていると、「自分は練習してる」とカン違いをしてしまう。
数年前に知り合いの会社、(有)新特殊地図 さんの30周年イベントに、The HOBOSの一員として出演、さらに会社内バンド、イエローチーズでもギターを担当した。
9月開催のイベントに合わせ、イエローチーズは春頃からバンド練習を開始、The HOBOSは5月のCD録音を挟み、練習を繰り返す、といった日々が続いた。
会社のスタッフ、参加者の皆さんのおかげでイベントは盛況のうちに終了したのだが、The HOBOSは燃え尽き症候群に陥り、そのまま休止。
イエローチーズは企画バンドという性格がありながらも勢いが残っていたのか、翌年までいくつかのイベントで演奏機会を得た。
そしてフェードアウト。
で、問題は自分。
参加していたバンドがなくなってみると、バンドのレパートリーしか弾いてなかった事がわかった。
慌てて練習開始したのだが、感覚が戻るまでけっこう時間がかかった。
それで現在に至るわけだが、はたしてその答えは・・・「風に舞っている」・・・のではなく、明確に♩=40にあった。
「あっはっはっ」と笑っている場合ではない。
気持ちは焦るばかりだが、焦ってばかりもいられない。
しかし・・・しかし、今日は遅いので寝る。
うむ、ダメだこりゃ。
秋の夜長はギターデュオ
やはり、これである。
秋の夜長はこれ。
「STANDARD BRANDS/Lenny Breau & Chet Atkins」
詳しい解説は、専門のサイトにお任せしちゃうけど、これは大好きなアルバム。
暖かくて、優しいギターデュエットを二人の名手が展開している。
もちろん、ギターバトルなんて事はしない。
選ばれた曲もポピュラーなスタンダードばかり。
一音一音に込められた二人の会話は、向き合うように、寄り添うように名曲を奏でていく。
とにかく、音色が美しい。
呼吸音や、スウィングした時にメロディをなぞる声も聞こえるくらいの生々しい録音。
マスターが痛んでいるのか、ヒスノイズもあるけど、そんなものはね。
全曲素晴らしいが、♪GOING HOME(家路)、♪POLKA DOTS AND MOONBEAMSには、「歌心」なんてありきたりな言葉では表現できない真の強さを感じる。
そして、私には♪TENDERLY である。
息を潜めて聴き入ってしまうのが、♪TENDERLY。
これが、ため息が出るほど美しい。
「ギターが弾ける」とはこういうことなんだろうなぁ、と思う秋の夜。
2010・秋
「魔法のランプ」
2009年5月、それまでVo&Kbの2人組ユニットだった「魔法のランプ」が、バンド化を図った時にギターとして呼ばれたのが私でした。
SSM(さいたまストリートミュージシャン)登録メンバーの彼らが、フリーマーケット会場併設のステージで演奏する際、多数の割合を占める弾き語りシンガー、打ち込みカラオケ使用のシンガーと差別化するため、ドラム、ベース、ギター、パーカッションを加える事を考えていたのでした。
その頃、一時的にGCBの活動が減り、ライブ演奏機会を欲していた私の思惑と一致し、参加したのです。
あまり経験したことのない、ポップス系の音楽で、オリジナル楽曲中心というのも気に入りました。
その後、断続的に練習を行い、9月のライブから本格的にスタート。
ほぼ毎週末にライブ、練習という多忙な日々の始まりです。
ライブは99%野外ステージなので、けして良い環境とは言えなかったけど、その中での演奏は貴重な経験となっていきました。
暑い、寒い、雨だ、風だ、といったメンバーの共有体験が生まれたのも良かったよね。
他の出演者の歌を聴いたり、パフォーマンスを観たり、会話をしたり、同じようで違う日々が過ぎて、1年が過ぎた頃、バンドにはメンバー交代という出来事が待っていました。
ドラムとパーカッションの脱退です。
バンドは新ドラマー探しが急務となりました。
そして、難航必至と思われた事態の前に登場したのが、玉やんです。
彼の参加によって、予想を超える早い時期に再スタートを切ることが出来たのは幸運でした。
正直、まだまだ実力不足は否めないバンドですが、練習好き、ライブ好き、音楽好きの集まりなので、楽しくやっていけそうです。
L to R:テツオ(B)、私(G)、Yukko(Vo)、Reiji(Kb)、玉やん(Ds) 2010.10
魔法のランプ HP
カラオケルーム to 居酒屋
カラオケボックス、ビッグエコー新宿西口店。
土曜日の昼下がりは歌の練習に勤しむ老○男女が集結してた。
それを横目で見ながらギターケースを抱えて乗り込む私。
エレベーター内では、見知らぬ歌人に「それ、ガットギターですか?私もやってるんですが、難しくて・・」と声をかけられ、「いやぁ、フォークギターですぅ」と応えていると、目的の階に到着。
一足先に到着し待ち受けるのは、The HOBOSで一緒だった水野氏。
今日は水野氏が新規購入した、Gibson J-45のお披露目セッションだった。
写真ではもったいぶっているが、見せびらかし目的なのは言うまでもない。
弾かせてもらうと、さすがに自慢の一品だけあってバランスも良いし、音質も木の若さを感じさせるハリのある音。
最近は自身の音楽発表の場からご無沙汰気味の水野さん、独特の緊張感たっぷりのライブが聴きたいものです。
試し弾きから序々に曲に移行し、氏の用意した素材はロシア民謡、東ヨーロッパ諸国の名曲集。
「やっぱりロシア民謡はいいなぁ」「マイナーキーっていいですよね」などと会話を弾ませつつ、♪花の季節、♪黒いひとみの、♪山のロザリア、♪ポーリュシカ・ポーレと「歌のない歌声」は進む。
やがて、♪ともしび、♪トロイカ、あたりで、「う~ん、ちと暗いな・・」「こうマイナーが続くと、アレですね・・」
と小休止をはさみ、ニール・ヤング・ソングで気分を変えて、♪Take It To The Limit で終演。
Gibson J-45への対抗策として持参したのは、Martin D-28。
こうして、カラオケでの音合わせを終えた後、GCBのギタリスト、Ponyと、ドラマー、オーギーが合流し居酒屋に場所を移してのトークセッション(雑談とも言う)となりました。
料理から始まり、旅の話から音楽の話、いつしか昭和歌謡、フォーク、GS、と各自が酔いのまわった脳のCPUフル回転でメモリを引きずり出す、白熱したセッションを展開したのでした。
世代的には下だが、驚異の記憶力と、幅広い知識を持つGCBベーシスト、福ちゃんが不在で残念だった。
いや、来てたら帰れなかったかもしれない・・
フリージャズの話なんかされたら、終わらないな、きっと。
それにしても、皆の音楽に対してのフラットな感覚は共感できます。
個人的嗜好はもちろんあるものの、自然に接しているのだね。
また、やりましょう~
君は新宿GUTSを見たか?
時は1970年代後半、新宿歌舞伎町の、とある一角・・というにはあまりも有名な場所に“それ”は存在していた。
新宿コマ劇場(今はなき、と書きたいが、なくなったものが多すぎるので省略)の向かい、「俺たちの旅」のタイトルバックで、中村、田中、秋野の3名が入る噴水広場の角にあった、ゲームセンター「新宿GUTS」である。
学生の時、ここで2年ほどアルバイトをしていたのだ。
Dr.Naoyaこと、山崎直也氏の紹介で。
24時間営業の店で、ワタシは遅番、22時~10時という時間帯に勤務していた。
ゲームはまだコインを使ったピンボールやスロットがメインで、テレビゲームは普及し始めたばかりの、インベーダー来襲前夜の頃。
ブレイクアウトというブロック崩しゲームばかりやってたな。
しかし、ここではその勤務内容には触れない。
時効とはいえ、マズい事も多々あるし・・・ね。
記憶では、あまり景気の良い時代ではなかった気がする。
ワタシには夜なのにスゴイ人手に見えたが、ベテランは「少ない」と言ってたし。
早稲田大学野球部が優勝した時は学生さんで溢れたけど、平日はそうでもなく、映画館から流れ出る「未知との遭遇」のシンセ音、♪ピーポーピーポピー~が建物に反響していた。
でも、面白かった。
好奇心もあったし、刺激もあった。
計算の出来ない定食屋もあった。
安かった。
休憩時間に中央公園に遊びに行ったけど、新宿というとその光景が今でも蘇ってくるくらい印象が強かった。
(ノゾキではないからね、念のため)
なんせ綺麗だったんだよ、深夜の新宿の暗闇が。
照明も今ほど明るくなかったし、昼間の喧騒が嘘のような静けさがあった。
時々、深夜の新宿に行ってみたくなるけど、面影はもちろんないだろうし、僕の思う「暗い新宿」ではないよね。
暗さだけなら自宅周辺で十分まかなえる気もする・・・
その後、直也氏と幾つめかのバンドを始めるわけだが、それがthe Gulf Coast Boundsです。
ちなみにドラマーのオーギーもここで知り合った。
僕の、このブログの第1号コメントを入れてくれた、Songwriter,SingerのTRADZ氏も同様にGUTS仲間。
当時の連中が、ブランクあったとはいえ、再び会えて音楽が出来てることは不思議な気もするし、嬉しい。
と、まあ、思いつくままに書いてみました。
そうそう、タイトルの意味は、1979年公開の映画「太陽を盗んだ男」(長谷川和彦/沢田研二)に、GUTSが写るからなのです。
「君は新宿GUTSを見たか、な?」
B.B.KING
今年も、それなりにCDを購入し聴いてきたけど、特に気に入っているのがコレ。
「B.B.KING/Live In Japan」であります。
1971年、東京サンケイホールでの録音。
発売当時は未聴だった未熟者のワタシ(あ、今でもか・・)ですが、ここにきてこんな事態になるとはね~
と、いうのも、7月頃に購入してから約3ヶ月、毎日のように聴いている。
真剣な聴衆を前に、まだ40代のB.B.がバリバリに弾きまくり、バンドも熱演でそれに応えるという、この上ない内容で、元々はLP2枚組という収録時間的にも満腹感が得られるんだよ。
とにかく、B.B.が弾く弾く!
アンコール?のジャムでは、バンドメンバーにソロをまわさず、延々とルシールを歌わせているさまは圧巻。
お客さんとの掛け合いもあって、ブルースの楽しさも伝わってくるのも嬉しい。
こんなのに出会っちゃうとなぁ・・・近年、減少傾向にあるCD購入量が、また増えそうでコワい・・・
まずはこれ
そう、なんちゃって、である。
なんちゃっテレキャスター。
見かけはアンディ・サマーズ仕様のテレキャスターカスタム。
実は、ちと違う。
その正体は、日米のFender社、友情の合体であります。
ある一時期、保有していた3本のテレキャスターのボディとネックをバラして、組み合わせて出来たもの。
それを1年前にフレット交換などのリペアを施し、主に「魔法のランプ」で使っています。
フロント(ハムバッキングPU)とリア(シングル)の音量バランスも良いし、はっきりした音色の個性の違いが出て、使い勝手も良い。
リペアマン、kei1-guitar氏と、その確かな腕には感謝しております。
思えば、ネックもボディも30年くらい経っているんだよなぁ・・・
まだ、合体する以前に使ってた事をよく憶えている。
ある日、突然、アンプやエフェクターとのマッチングがハマり、自分でも驚くサウンドになったのだよ。
まあ、まぐれなんだけどね。
その後、しばらく忘れていて(すまん)、合体、リペア、復活となったわけです。






