不完全な切り紙細工 -61ページ目

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある



 雨が降り続ける中を
 小旅行から今いるところに戻るとネジバナが雨に濡れていた

 ネジバナ 捩花
 ねじりばな あるいは ねじればな とも言う
 ともかく別名の多い花だ

 学名 Spiranthes sinensis var. amoena
 螺旋 speira  と 花 anthos  からつけられた名のように
 花序が螺旋を描く

 今いるところに来る前まで僕はこの花を知らなかった
 見かけていたのかもしれないが
 素朴な雑草くらいにしか考えていなかったのだろう

 3年前ここで美しさに気づいたが
 それでも可憐なと思うだけで蘭の一種であるとは知らなかった
 その辺のことはブログにも書いたことがある (『捩花無限』)

 その後ふとこの花を育てたいという気になって
 調べてみたが雑草のように見えながらなかなか難しい花だと知った

 それというのも例えば
 Spiranthes sinensis var. sinensis
 奄美以南に分布するナンゴクネジバナは
 絶滅危惧種II類に指定されているくらいなのだ

 なぜ栽培が難しいかと言えば
 ネジバナの短い根は菌根といって菌類と共生している
 植物の残滓を分解して生きる Tulasmella calospora という菌類なのだそうだ
 この菌類との共生を安定的に維持するのが難しいらしい

 花をつけない時期のネジバナは葉が円座に広がって茎を失い
 いわゆるロゼット(ロゼッタ)となるのだが
 花季のうちにプランターに根ごと植え替えて
 木の皮などにこの菌類が馴染むというので木の皮を集めておいた
 一年過ぎて生きていて茎を伸ばしたが
 花は咲かなかった

 自然というものは大きな次元でも
 またこんなミクロな次元でもなかなか人知の及ばないものなのだと思う
 ネジバナ専用の菌類付き肥料を販売しているところもあるくらいで
 なかなか簡単なことではないのだろうなと

 それはさておき(いや実は「さておき」ではない)

 一時は庭の芝生に何十株となく咲いていたのだが
 少しずつその数が減ってきた印象があって
 雨に濡れながら
 出迎えてくれた姿を見ながら
 また栽培するという夢を見たような気がする

 今年特に少ないという印象なのだが
 前回のブログ記事は3年前の6月24日だったから
 留守をしている間に少し時機を逸したのかもしれなかった

 花には時期がある
 そのことが花の美しさをさらに強調するのだろうなと
 いつも思う


 



 花序のねじれは
 右巻き左巻き両方あるそうだけれど
 左巻きのほうが多そうだ
 





 この花の写真を撮るのは意外に難しい

 そよ風であれ小刻みに風に揺れる
 雨の日も雨粒一つ落ちてくれば水滴が花にあたって
 飛び跳ねた反動でまた揺れる

 しかもこの小さな花が
 遠近のある螺旋をなして並ぶのだから

 そしてそういう難しさゆえに
 僕はなおさらこの花に見入ってしまうのかもしれないと思う






 少し同じ写真を徐々に拡大してみる












 そう
 ここまでくれば蘭の仲間であることや
 花弁の形や濡れて光る様子がみてとれるようになる
 あるいはこうした形
 蘭の仲間の多くがそうであるように
 生き延びる上で
 どこかで虫の姿を真似て来たのかもしれないとも思う






 雨
 嫌いではない
 濡れるのも構わずに
 ずっとカメラを寄せて
 シャッターを押さないときも眺めていた










 ここを去る日が来たら
 この花だけは一緒にと思うのだが



    ひと雫(しずく)身を捩(よじ)りては受けておく

               この一歳(ひととせ)に咲く花の身は



 なぜだか今日は薄着の背中に雨が熱かった

 雨の底に沈むという感覚はどのようなものだろうか
 ネジバナの花序のように螺旋を描いて落ちていくのだろうか
 それとも空の井戸へと昇っていくのか





 




     

After the Rain by Francois Couture