波音に抱かれて | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある








 波音に抱かれていた

 見渡す限り誰もいない浜辺で僕は砂に寝転んで

 目を閉じていた

 少し離れたところを走る海岸通りの車の音は打ち消され

 繰り返し

 繰り返し

 波頭が崩れ落ちる音が防潮堤に反響し

 膨れ上がり身体を包み込むのがわかる

 この場所でどれだけの回数

 同じようにして過ごしたことか
 
 そして今また僕はここに戻ってきた

 
 陽射しが燃え始め

 波音と一緒になって僕を抱きしめる

 もう何も考えるな
 
 もう何も欲してはならないと言いながら

 僕のすべてをつかんでしまうのだ


 海とは何者なのかと僕は問いたくなる
 
 答があるはずのない問いかけを

 それでもしたいと思うのは

 理解しきれぬ海という存在を抱き返したいと願うからなのか


 海は光届かぬほどの底をはらわたとして

 打ち寄せる波の音を

 まるで肌のように愛撫に震わせる


 時間を融解してしまう絶望的な愛

 
 ふと気づくと僕の両の腕は愛に焼かれて

 真っ赤になっていた

 それでも僕は動かずに

 五時間以上もその場で息をしていた

 
 海が深い呼吸で再会を喜んだのを

 僕は感じてそこにいた



 死ぬときはここに

 波音と熱に震える砂と陽射しに溶け込むように

 この僕は打ち倒されて

 お前のものになる