『青いガラス瓶』
誰も気づかなかったけれど
ナルシスは水が好きだった
自分を含めて世界を映す水の鏡と
その向こう側の虚像ではない水底の迷宮が
だからナルシスが水辺から水に落ちたのは
自分自身の姿を抱きしめようとしたからではなく
美しい自分の姿のその向こうにある
豊かなる水の世界に住むことを決意したからだった
この日少し疲れたように見えた一輪の水仙が
水に生けられて気づいたことは
水底に残してきた分身の遠い出来事
春涼やかな水の中で繰り返される鮮やかな記憶
春なればこそ「水温む」と人は言う
その言葉を理解したかの如くに蘇った水仙の
春の底で小さく笑っているような
かけがえのない今という時間
