蝶が花の中を少し斜めに飛んだとき
詩人はその理由を見つけようとする
鳥が風を超えるように羽ばたくときも
詩人はその理由を見つけて歌うだろう
けれどきっと
蝶にも鳥にも今このときに
そのように飛ぶことに特別な意味はなく
あるとすればただ
生きるがゆえに飛ぶだけであり
偶々そのように飛んだだけであり
詩人の言葉のような
人間の言葉のような
作られた意味を持ってはいなかった
もし彼らが言葉を理解したならば
そのわざとらしさを
きっと笑いさえしただろう
ならばなにゆえ詩はあるか
使い古されたメタファーを捨て
蝶と鳥と人とすべての命と物の
そのそれぞれの在り方を観て
なにゆえ我ら連なりて
同じこの世に在るのかを知る
何事か新しき命の連鎖を見出して
とらえがたくつかまえがたい
命の如き言葉の鎖を生むためだ
さもなくば言葉を捨てて鳥になり
さもなくば家を捨てて蝶になれ
そうすれば少なくともひとつの
新しい命を生むことにはなるだろう