波濤 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある









 しばらくぶりに多くの人に会ったせいか気怠(だる)さがあった

 時間の流れに沿わない自分を感じて磯伝いに歩いた

 昨夜から冬の海は荒れていた


 嵐の後のように浜には海藻や木切れ

 もろもろの千切れた形があった

 昨夜ほどではなかったが風はまだ強く

 波は磯に打ち当たっては滑(ぬめ)るように砕けて倒れこむ


 昼過ぎなのに沖の水平線と低い空は暗く見えた

 そのぼんやりとした暗がりの遠くに奇妙に明るい光がある


 沖の飛沫に光を投げる太陽の位置のせいなのか

 打ち寄せて砕ける波にも沖の色合いが映っているようだ

 鳥の影ひとつ見えない海


 明るい日にも暗い日にも静かな日にも荒れた日にも

 僕は生き続けてきたのだ海に深く慰められて

 愚かな思いを生み出す脳を深海の静寂で

 慄(おのの)き震える肺をその奥まで届く潮風で


 この海のそばから離れる日が来るのなら

 その日に僕はここに来て何をしようか

 この身体の血潮の奥に海を取り込むことなく

 別れを告げるつもりも別れるつもりもない


 海なしに生きることの難しさをこれほどまでに感じたことは

 この地に住むようになって未だかってないことだと確信する

 これほどまでに



 潮風と磯の匂いが肺腑の奥底まで流れこみ

 僕の血を海で満たす

 まだ前に行けと

 響動(とよ)もす時の向こうまで