愛は
想いですか
行為ですか
想いはただ思うことですか
その先に何かありますか
使い古された抽象的な言葉の羅列からでも
何かを汲み取ろうとしてしまう
人はそういう
言葉の生き物
賢きときも哀しきときもある
拙い言葉に寄り添って生きている
きっとそれは
その先にある
あるいはその先に来るもののためなのだ
たくさんの様々な想いを詰め込んでしまった言葉は
それだけでは意味がぼやけてしまう状態になり
なにも伝えることができなくなるだろう
そんな言葉の曖昧な状態を表わすものは言葉ではない
表わすことができるとしたら
それは語られた出来事の推移つまりは文脈だと僕は考える
けれど
曖昧な言葉の状態の
そのなかのたった一つの意味が選び出されるときもある
それは現実が
それ以外の言葉
それ以外の意味を許さないからなのだ
賢きときも哀しきときもある
拙くても
いや拙ければこそそれゆえに
その一言だけがそのときに
その先のために
要求されるからなのだ