オリオンの鏡 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある



 狩人オリオンは
 片手には棍棒のような武器を持ち
 もう一方の手には盾
 腰のベルトには星のように煌めく石
 大地を踏ん張って大きく開いた両方の足

 神話の中のオリオンは
 大地にしっかり立っているけれど
 今はもう大地を離れ天空の狩人


 なぜ昔の人たちは
 空を天球と呼び
 まるで地球を取り囲む
 地球より直径の大きな天幕のように考えたのだろう
 天動説の時代にも
 そして
 今の僕たちにも何故か空は円く見えるのだ

 僕たちはもう天球が
 地球を包む中空の球でないことや
 その天球を遥かに超えたところまで
 世界が広がっていることを知っているけれど
 昔の人はただ漠然と
 その中空の玉は黒い天幕で
 そこに開いた穴が星なのだと考えていた
 そうだとしたらその穴から差し込んでくる光は
 何処からやってくるかなんて考えることもせず

 ほとんどランダムに並んだ星々を
 神話に出てくる神々や怪物たちを象(かたど)りながら
 ひと星ひと星つないでは
 美しい星座を作り上げてきた
 
 空にオリオンはいないのに
 僕たちの空の天幕にはオリオンが輝いている

 もちろんそれは子どもたちのために切って作った影絵ではなく
 航海する者
 平原を砂漠を行く者たちの道標だったのだが
 人々はそれでも空の怪物たちを怖れもしただろう


 星座と影絵とには共通点がある
 どちらも向こう側の奥行きが見えないということだ

 実際オリオン座のリゲルは
 足にもかかわらず一番明るい星であり
 僕たちから700光年離れていている
 挙げた両腕は200光年
 少し僕たちに近いところだが
 あの美しいオリオンのベルトに至っては
 1500光年も先に在る
 (「先」というのは僕たちが出かけていく場合にということだ)

 それだけ大きく広がったオリオンを
 人々は架空の天幕に貼り付けてあるものだと考えた

 もしも古代の人々が星間飛行をする船を持ち
 あるいはそうでなくても
 地球とオリオンの星々をすべて見晴らす場所に
 神のような意識となって在ったなら
 オリオンはおろか全天の80以上ある星座を
 考えることはできなかったに違いない

 僕はそのことを図にでも描いてみようかと思い立ち
 描いてみたのがこれなのだけれど
 (子どもの絵よりもひどいことは責めないでくださいな)






 何とも不思議なことに
 立体的なオリオンも
 戦う武器を前面に振り上げて
 身を守る盾も前に突き出している
 リゲルの足は戦意の証のように前に大きく踏み出して
 腰は相手の長い槍を避けたのか
 それとも横っ飛びに跳んだときの勢いか
 撓(しな)って遥か1500光年まで後ろに引いている

 立体的な的な姿になってオリオンは
 影絵の静けさとは違った
 躍動的な戦いぶりになっていた

 けれどこういう例は少なくて
 立体的な星の位置を考えだしたりすると
 多くの星座が
 まるで目が鼻より20センチも先にあり
 耳が何キロも後ろにあるものが
 とても平板な顔には見えないように
 星座としての形を崩してしまうのだ

 つまり星座は
 1000光年も先にある星と
 200光年にある星とを
 その距離を捨て去って
 同じ一枚の
 今という天幕に圧縮して投影したものなのだ
 
 宇宙では
 いや何処だって
 距離は時間の経過を意味している
 
 オリオンのあの美しきベルトは
 ベテルギウスの腕よりも遥か昔の出来事で

 あるいはそれは空の彼方のオリオンの立場なら
 100光年以上に広がった自分の身体を
 映す球体の鏡のようなもの
 もしかしたら
 今頃オリオンは自分の姿を眺めては
 微笑んでいるのかもしれない

 何故か両腕は未来で腰は頭より過去に在る ! と


 この天幕
 この鏡
 ヒトかオリオンか
 どちらから見たにせよ
 それは様々に異なる時間の出来事を
 今という瞬間に映したものなのだ
 一枚の絵の中に
 200光年 700光年 1500光年を
 映し込む
 実に妙(たえ)なる
 時間の鏡

 でもその鏡をオリオンに与えたのは
 夜に迷うことを怖れた人々の
 安全への願いだったのだ




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 そんな鏡のことを考えていて
 ふと気づくことがある
 

 果たしてこの1500光年以上もの時間を包み込む鏡は
 広大無辺の宇宙だけのものなのか

 もしかしたら
 いつも出会って挨拶する人の
 今の姿の中にさえ
 十年
 いやもっと昔の光点が入り込み
 もしかしたら
 いま起きたばかりの出来事に
 百年の
 あるいは何千年の昔の出来事が
 写し込まれていないとは言えないと

 そしてその異なる時間を織り込んだ
 煌めく鏡像を見る者たちは
 大地の上の人々と天空の狩人とがそうであったように
 その鏡によって
 遥か遠い時間まで
 幾重にも幾重にも
 お互いの瞳にお互いの瞳を映す者となるだろう