遠い音 | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 雨の月曜日
 僕は聴いている
 遠い音

 親しき人たちのそれぞれに残した古いレコードを

 ゆっくりと回るターンテーブルと
 針の真新しいピックアップをコンピュータにつないで

 かってはどっしりと重いプレーヤーと真空管アンプで
 いやもしかすると
 小さな冷蔵庫ほどもある手回しの蓄音機で
 舞い踊るような音楽を部屋に満たしていた大きな円盤が
 長い年月のあと蘇り歌い始める

 ああこのディスクにはA面とB面があり
 ときどきポツリと小さな傷が雨粒のように鳴る

 でも何という柔らかな音の広がりだろう
 まるで美しい螺旋の溝が
 膨らんでは縮み揺れるように
 まるで長い間眠っていた間に
 記録された音楽のワインが熟したかのように

 そして
 柔らかな豊かさの中に
 不意に鋭い感情が立ち上がる
 時間のダムの堰を切って水が溢れてくるように
 遠い過去を今この一瞬に

 例えば混声スキャットのアランフェス
 例えば古い映画の中みたいなノクターン
 偉大なチェリストの弾きながら漏らす吐息
 まだ若い顔をしたフォーク・シンガーたちの不思議なハーモニー
 パリのアメリカ人やグランド・キャニオンも
 あの人たちが残した録音さえも
 今ここに姿があるように

 あなたたちはいったいどういうときに
 何を考えながら
 これを聞いていたのだろう

 遠い音
 遠い時
 遠い人たち

 僕は聴いている
 それらをみんな今
 この夕方の部屋に連れ戻してしまう古いレコードを

 でも僕は懐旧の念に浸っているわけではない
 僕は新しい想いで
 新しい生活の中にあなたたちを迎える決心をして
 聴いている

 僕たちを時にやさしく包み時に強く戒める
 あなたたちに
 僕たちとともに生きてもらう時間の小部屋を作ろうと

 愚かな人生ののすべてを受け容れて
 犯してきたすべての過ちを乗り越えて
 泡のように繰り返される呟きに魂揺さぶられることを望んで

 遠い音をそのままに近い音にするために
 僕たちの日々に近い音にするために