熊ん蜂が最初に
キウイの枯れた蔓にやってきたのがいつなのか僕は知らない
大きな身体に不似合いな小さな羽をぶうんと鳴らして
僕の鼻先をかすめて飛んだ
小さかったとき
祖父母の家の藤棚に数多く集まって来ていたので馴染みがあった
名前も体つきも恐ろしげだが
おとなしい蜂であることを僕は知っていたので
最初に僕が思ったのは
どの花を目指してきたのだろうかということだった
そう思って花を探していて気がついた
キウイの太い蔓に直径1センチほどの穴が開いていた
巣を作っているのだ
僕はその時にはその蔓がキウイの常として
自縄自縛になった結果部分的に枯れているのを知らなかったので
ただキウイを保護したいという思いで
その穴をゴムの樹脂で塞いだ
翌日見ると穴の縁に少しだけ樹脂は残っていたが
ほとんどが綺麗に取り去られていた
一週間もすると穴が三つになった
見ていると蔓の中でバリバリと音がする
よほど強靭な顎を持っているに違いなかった
三つ穴が開いた時点で僕は蔓が枯れているのに気づいたのだが
本気でこんな人の住む傍に巣を作る気なのか知りたくなり
再度三つの穴を樹脂で埋めてしまった
多分その気になればあの熊ん蜂は
二十分かそこらで再び扉を開くに違いない
要はこの意地悪な妨害を彼女がどう受け止めるかだった
彼女の来訪を僕は執念深く待っていたわけではない
彼女はある程度の時間をおいてしか訪れないからだ
僕はファーブルは素敵な人だったと思うけれど
それだけの根気も時間もなかった
しかしたまたま休みだったので
(休みでなければ二度目の妨害工作はできなかったので)
昼少し前には彼女の再来を出迎えることができた
1センチほどの穴に深さ1センチほどに詰め込まれた樹脂を
二度目の妨害工作であるにも関わらず
彼女はものともしなかった
約4分かけて封印は綺麗に取り去られたが
それは一番下の穴だけで後は放置
おそらく内部ではもうすぐ三つの穴が連結されるのだろう
僕は若干の待機時間は別として
おそらく十数分の時間を
この熊ん蜂の営巣を妨げるという愚かな行為に費やした
彼女もまたほとんど同じくらいの時間を無駄にして
妨害工作を乗り越えた
多分これから(いやもしかするともう既に)産卵し
十分な蜜を運んでくるのだろう
彼女の一生は長くても数年あるかないか
そして産卵と子育てのできる時間は遥かに短いはずだ
費やした時間の長さは同じでも
その重みは違う
むろん
僕にとっての十数分だって決して軽いものではない
その量的には短い時間のなかで
もしかすると僕は人生について一大発見をし
あるいは一大決心をしたかもしれないからだ
そして確かに僕は一つのことを彼女から学んだと思う
彼女は何かを学んだか
ぼくはただ意味もない妨害者に過ぎなかったのか
僕は上二つの穴の封印を彼女が受け容れるのか
あるいはもしかすると偶然の幸運として
利用するのではないかと期待している
僕は彼女がその一生の間
そしてその子たちが巣を受け継いで
ずっと傍にいてくれるようにと
願い始めている自分に気がついた
あるいは僕の方が彼女より早くキウイの傍を離れるのかもしれない
彼女は自律していて誰の助けも要らないのだろうが
僕のできることがあったら協力して
僕の好奇心のために無駄にした時間を償いたいと思っている
それは僕の学んだことの授業料でもあるからだ