コム・ゴギャンの夜(6) | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 「違いますよ」と僕は言う
 「僕よりもAさんのほうがまだ吹っ切きれてないみたいですね
  なんで今更『すまない』なんて言うんだろう
  そんな人でしたっけ」

 僕はAさんの方ではなくダフネの目を見ていた
 僕にはダフネがあんなことを
 いかにも流暢な日本語で言った理由が
 九分どおり分かっている

 「もう2年
  いえ時間が問題なのじゃない
  未踏が死んだようになったのを見ていたあの頃
  僕は嫌というほどわかっていた
  僕らを繋ぎあわせていたのは
  愛情なんかじゃない
  慰めあいみたいなものだったんです
  ふたりとも
  自分ではどうしていいかわからない気持ちを
  ぶつけられる相手が欲しかった
  未踏が求めていたのは僕じゃなかったし
  僕が愛していたのは未踏じゃない
  あの歌
  歌へのひたむきさ
  それが僕を未踏に繋いでいた

  でもとうとう
  Aさん
  僕はわかった気がした
  身を引いたとか譲ったとかいうことじゃない
  僕が愛していたもの
  未踏の歌へのひたむきさ
  そいつがどこかで
  Aさんへの愛慕と重なっていることに気づいたとき
  結局僕は
  未踏じゃなくて
  未踏のあなたへの焦がれる想いを
  愛していたんじゃないかと

  だから今でも貴方がピアノを弾けば
  僕は身震いしながら聴くにちがいない」

  なんてバカバカしいことだろう
  でも
  そのバカバカしさを僕はよしとしたのだ
  それから僕は
  そういうバカなのだ

  「すぐわかったとは言いません
   でも今はわかっている
   だからいくらなんでも『すまない』なんてひどすぎる」

  Aさんはちょっと恐い顔をしていた
  たぶん僕になんかではなく自分に向かって
  それからまた別の言い方で「すまない」というんじゃないかと
  僕は恐れたが
  Aさんはそれほどバカじゃなく
  両手を握ったまま手の甲をテーブルにゴンとぶつけると
  「私のピアノがか」と独り言のように言っただけだった

  「ではダフネの問題発言は
   Mさんの勘違いだと言うのかね」
  とあのひとが言った
  「勘違いとかなのかどうか
   Mがダフネにそう言って
   それをダフネが口真似した
   ありそうなことだと思います
   でもMが言葉どおりの意味で言ったのかどうか
   僕には分かりません
   どういうときに言ったのかも分からないし
   それに
   Mはそんなに思い違いするほど
   バカじゃないし
   僕のことがわかっていないわけじゃないと」

  それから僕は急に目尻が熱くなった

  ほんの少しの間
  皆が黙った
  沈黙を破ったのはあのひとだった
  『ここまでにしておこう』と
  味見しただけで手放されたグラスを
  手に取り直して飲み干し
  こう言った
  「若いのに秋めいたことだ」
  Aさんは黙った下を向いたままだった
  両の拳はスフィンクスの前足みたいに
  まだそろってテーブルの上で
  動かずにいた