僕は思う
編んだ麦藁を通過してくる海の光のようなものだと
人と人が出会って
お互いの心が揺れ動くのを感じることは
見えない向こうを
こぼれて散乱する光の揺らめきから
見たように感じるようなものだと
もしかすると人を好きになり
愛するようになることも
見えない向こうを
見たように思うだけのこと
仮にそうだとしても
その「気がする」だけの光であったとしても
それは幻ではない
短い瞬間の中で確かに起きたことなのに違いなく
それがどんなに短い間の出来事であったとしても
僕はそれを眩しいと思い
そして目を細めて見たことを決して忘れることはないだろうと
悲しくもないのに零れる涙の
一滴の中に僕たちは生きているのだと
こんなにも熱く
見えないものを見たいと望むのだから
たとえ微かに垣間見ただけの向こうであっても
妨げるものが何一つなく
まざまざと見えるときに
かえって僕たちはそれを見ないのかもしれない
近ければ近いほど近すぎて
見えなくなるくらいなら
束の間見える遠くの光を
遠くから見ているだけのときのほうが
僕たちは幸せだと感じるのではないのだろうかと
ならば僕は束の間の光に
一生が凝縮して揺れるのを
長く続く幸せの時間よりも確かなものだと
思うべきなのじゃないのだろうかと
僕たちの乗った車が門をくぐり
一足先にエンジンを切った車の中から
あのひとの懐かしい姿が浮き上がるように現われ
それを見ながら
Mが降りダフネが降りて
ユニィオがあのひと目がけて走り出したとき
そんな皆の動きが
何か一つのこと
二度と繰り返されないだろう出来事に向かって進んでいくように見えた
なぜかユニィオが
以前から慣れ親しんだ主人に駆け寄るように
一心にあのひとの方へ走り
小さく吠えたのを聞いたのか
あのひとが振り返り
十歳以上も若返って見えたあのひとが
じゃれつこうとするユニィオを抱き上げて笑い
その笑顔が感極まったように崩れ
僕は知り合ってこの方
一度として見たことのないものを見た
あのひとの頬を涙がはらはらと流れ落ちたのだ
この旅が熟達した外交官であったあのひとにとっても
決して安易なものではなかったことを
僕たちは一瞬で理解した
「おお おお」とあのひとは
老いた喉仏をせわしなく動かしながら
「いい子だ いい子だ」と
小さなユニィオに顔を近づけて言った
それはまるで
僕たち一人一人を抱きしめる代わりに
ユニィオに挨拶しているように思えた
「お帰りなさい」と僕が言うと
あのひとはユニィオを抱いたまま立ち上がり
「ああ また会うことができたな」と
ユニィオを左腕で抱えると
右腕を僕の肩に回し力をこめた
「Mさんも元気そうだ
ダフネ サルートン」
そう言って
近づいてくる二人を眩しそうに見るあのひとの後ろで
庭木の葉叢の中を
朝陽がきらきらと踊りながら近づいてきた