旅するときは | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 旅するときは荷物は少ない方がいい
 あれがないとか
 これがほしいとか言い始めるとキリがないし
 重い荷物運ぶのは面倒だ
 なるべくならすべて現地調達で
 そして現地廃棄で済ませたい

 空港のベイでスーツケースを
 今か今かと待つのも
 人間観察なら良いけれど
 それ以外の意味はない
 狭い電車のドアくぐるのや
 席の間の狭い通路を
 荷物と一緒に歩くのは煩わしい

 別に最近はやりの断捨離に参加しようとは
 思わないけれど
 小さい時から旅だか引っ越しだか
 わからないような移動が多かったから
 物を持つことの不都合は痛感し
 交通手段の制約もそんなものなのだと思う

 でも何時の間にか本が増えたので
 それもそろそろ切り捨てようと

 所有ということの理不尽さを
 引き受けつづけることは旅を辛くする

 かの基督も言ったはず
 金持ちが天国の門をくぐるのは
 駱駝が針の穴をくぐるより難しいと
 それは金持ちが悪人だというのではない
 持つ物についての気がかりや配慮が
 軽やかな心の動きを鈍らせるからだろう

 持てば奪われることを怖れ
 持ちつづけるために労苦は増えていく

 山頭火のような人生に憧れても
 それは山頭火のような生き方で
 何をしたいかにもよるわけで
 托鉢僧のようには僕は生きられない
 けれど
 ああだこうだと言い始めれば
 何時の間にか所有の重荷に
 身動きできなくなる

 そんなことを考えたとき
 ちょうど
 ほとんど何も持たぬ者に出会って
 僕は教えられた気がする
 何も持たない心もとなさと
 持つことの重みを計ってみるとき
 僕は身軽な心もとなさを選ぶだろうと

 それは思い出も同じこと
 こんなことあんなことがあったと
 記憶が残れば記憶に縛られて
 だから経験したことは
 その瞬間に我が物として
 自分の外に残すことはやめよう
 どのみち過去はもう存在しないのだ

 愛することも同じこと
 裏切られなくても
 満たされて幸せであったとしても
 愛し始めた瞬間に
 どのような形にせよ
 失うことが始まるのだから
 ああそうかの一言で
 すべては消えさるものだと
 思いなし

 何もかもが
 仮寝の宿の束の間の夢
 目的地はいつも今ここにあると
 そう思うなら
 旅はきっと軽々として
 疲れ知らずの
 身体は風になるだろう