香りのダフネ | 不完全な切り紙細工

不完全な切り紙細工

 誰も聴く人がいないのに歌いつづける歌がある
誰も見る人がいないのに踊りつづける踊り手がいる
誰も読む人がいないのに書きつづけられる言葉があって
不完全な切り紙細工を幾つも幾つもつなげていけば
そこに何かの絵が生まれるものと願う鋏がここにある


 まだ十そこそこの
 青い目の
 花のように白い肌した少女は
 泣きやむと
 自分はダフネという名前だと答えた
 置いていかれたと
 その表情が言っていた

 少女のクロエに?
 いやすべてのひとに
 親しく自分を育んだ親たちに
 まだ早い春の日に

 香りのダフネ Daphne odora は沈丁花
 その花のように
 鋭く甘い匂いがして
 手鞠のように身を寄せ合って咲いた花
 その花のように
 小刻みに震えていた

 海に身を投げた親たちの
 祭壇に捧げる花もないままに
 ダフネはくるくると舞い踊り
 動きつづけることで
 涙を消そうとでもするように

 栄光の月桂樹に似た葉をまとい
 素足で冷たい石畳の上を

 覚えがあった
 その同じ絶望の甘い匂いに
 投げ出された花の
 始まったばかりの孤独の日の

 きらきらと輝く目は
 深い海底の虚無を見てしまうのか
 瞬きもしないで

 巨大なパン神の幻は
 君のクロエを救いにはこなかった
 そのことを知っていて
 君はまだ雨の中で踊るのか

 いや何も
 考えることができないのだ
 明日のことも
 今日に自らが居る場所のことすらも

 置いていかれた
 まだ少年のように青い
 早春の香り高い花
 
 ダフネ・オドーラ
 救いのパンになれないにせよ
 横恋慕したアポローンにもならないにせよ
 しばらくは
 君の香りのする場所にいる