①
「お晩は卵と、それから缶詰をひとつ開けて、トマトを切って……」
小母さんはいつもそれからはっきりと間を置いて、
「そうそう、あのお魚もありましたっけね」
とつけくわえる。
だからブラックバスを料理するのはいつも彼の仕事だった。
その家の台所はたまたま食用油のルートだけは妙にしっかり確保されていて、醤油がなく、砂糖がなく、メリケン粉がないときでも、食用油だけは大きな罐になみなみと入っていた。
途中略
その油をつかって、ブラックバスはいつも唐揚げにだれた。
金褐色にからりと揚がったブラックバスの眺めはすばらしく豪華で、彼は小学生の頃ときどき両親に連れて行かれた南京町の支那料理屋の食卓を決まって思い出した。
揚げられて、すっかりあかぬけて、うまそうになってからも、小母さんはまったくその皿を黙殺した。
「目つきがいやですよ」
と小母さんは頑として喰わず嫌いを通した。
②
正午に天皇の終戦の勅が放送された後‥‥‥。
彼は台所に立ってゆき、ブラックバスの料理にかかった。なにかしている方が気が楽だった。よく太った魚で、夜あけに釣ったので腹を割いてみてもなにも食べていなかった。
彼は魚に丹念に粉をまぶして行った。油は鍋で静かに音をたてはじめていた。
人の気配を感じてふりむくと、キリン(登場人物のあだ名)が立って、彼の手の動きを見ていた。
そして、ちょっとばつの悪そうな笑顔を見せると、
「料理もうまいんだね」
といった。
魚は鍋に入れると鍋いっぱいになり、尾の先が鍋のふちにかかった。
「火が少し弱くないの?」
とキリンがいった。
「とろ火でね、長い時間かけて揚げるんだ。それがコツなんだよ」
二人は黙って鍋のなかの魚を長いこと見つめていた。
魚は皿に乗せられるとすばらしく立派に見えた。キリンは古びたボストン・バックから罐詰を二つとり出した。ひとつは鮭で、もうひとつは驚いたことにアスパラガスだった。二人は鮭を晩に廻すことに決めて、わくわくしながらアスパラガスの罐を切った。
…………
ブラックバスというのは淡水魚だけあって、妙に青臭い魚です。外見は惚けたような受け口の顔をしていて、見た目は”緑色のスズキ”といった感じなのですが、なんだか食べる気にならないのです。一度、山中湖で釣り上げた30センチほどのバスを現場でしめて持ち帰って捌いたことがあります。美味そうな白身なのですが、骨もが太く、体全体が固くて、調理法もわからないので、ついに食べることができずにそのまま捨ててしまったことがあります。今では箱根や霞ヶ浦ではフライなどにされて定食化しているので一度食べてみたいと思っています。
神吉さんの作品は終戦日にブラックバスを揚げ、アスパラガスの罐詰を開けて食べるのですが、バスの唐揚げやアスパラガスの缶詰を食べる描写も、その味に関する感想もないので読んでいて不思議な感じです。
小説は戦争が終わった解放感から食後にフランク・シナトラのレコードをかけるのです。
「I'll never smile again... 」