■ここに
http://www.tenkan-josei.net/zentyo.html 〝てんかん〟患者さんの発症前兆や危険回避の方法が書かれています。京都暴走事件の加害者は、このケースではなかったのか?と僕は考えます。つまり「発作が起きそうだったので危険回避のために安全な場所を目指した途中で事故を起こし、最終的に発作を起こして激突した」 

■てんかん患者は日本に1%程度しかいないそうですが、僕の従弟も
てんかん患者でした。

彼は子供の頃(当時、僕も小学生でしたが)に発作が原因で死にました。

岩手の一関という田舎町でしたから近くの山の中で友達と遊んでいて、彼が卒倒してガクガクと震える発作を起こすと、友達たちは怖くなって彼を放置したまま帰宅してしまったのだそうです。助けを呼べない従弟は、山の中で舌がまくれて気道を塞ぎ窒息死しました

火葬は可哀想だというので、膝を抱えるように座った格好にされて味噌樽のような棺おけに入れられて土葬されました。

棺おけを担いで墓場まで一列になって歩く黒い〝葬列〟が、子供の僕には凄く衝撃的で、その陰鬱なる光景は、一枚の写真のように僕の記憶に焼き付けられているのです。

■京都暴走事件は、初期段階から情報が錯綜していた。ミヤネヤは地元に近いニュース番組であり、比較的正確な情報が得られるだろうと思って見ていたら、加害者が「どけー!」と叫びながらクラクションを鳴らしていたという一節を伝えていた。

しかし、それは目撃者の「どけー!という〝感じ〟でクラクションを鳴らしながら猛スピードで走っていた」という証言を曲解したものだった。

感じというのは目撃者の主観であり、事実とは異なることが少なくない。

この事件の場合、目撃者が多く、取材記者までもが主観でものを言っていたように思える。

これに類した不正確な証言や情報が流れた。前述した〝どけー!という感じ〟証言もそうだが、かみさんの仕事仲間などはテレビ報道で「加害者の車には同乗者がいた」という証言をニュースで聞いたという。これは調べてみたが、そんな報道はなかったように思える。ここにはニュースを聞いた者の無意識なる主観が〝ある状況を作り出してしまった〟のである。

曲解されるような証言をしたがるのは、もしかしたら事件が起こった地域特性なのかもしれない。そこには証言者たちの主観がタ混在してくる。「余計な言葉」を発してしまうから聞くものの誤解を招くのである。

ミヤネヤでは、翌日の放送で、「どけー!と叫びながらクラクションを鳴らした」の件で、視聴者の誤解を招く情報を伝えたと、アシスタントの若い局アナがお詫びしていたが、不快に達する馬鹿でかい声で、「どけー!と叫びながらクラクションを鳴らしていた」と言っていたのは宮根さんであったので、僕はまたこの人を嫌いになってしまったのだ。
 

■京都暴走事件では、テレビ屋は意識がありながら走ったという意見に走りがちです。意識がない状態で運転してバックしたり狭い道を走るのは難しいというからです。

「またか」と思うのです。彼ら独自の意思も観点もないのです。一人が「悪い」と言えば「悪い」という意見に走るのです。滅多にないことですが逆に「良い」と言う意見に走ることもあります。国家危機などと叫んで戦争に走る時などがそうですよね。

京都暴走事件が加害者に意識があって運転していたということにしなければ、被害者の方々に賠償金が出ないと言うのであれば、そうする方が正義だと考えてはいけないと思うのですが、突然、巻き込まれて亡くなった方々を思えば、うーんと唸ってしまうのです。

ただし、てんかんだと知らなかったと言う勤務先には疑問が残るとことです。

ミドリ安全.com 

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