僕がよく出かける綾瀬から小菅・・・つまり、東京拘置所周辺には歴史の名残が沢山残っています。特に幕末時の綾瀬駐屯時の新撰組に関する空気感が僕には強く感じられるのです。それよりも時代が近い下山事件や綾瀬女子高校生コンクリート詰め事件の方が雰囲気を強く感じるはずなのですが、薄汚い進駐軍や親米に転じた卑怯者の日本人政治家の犯罪に、凶悪になった人の痛みが解らないバカ若者の犯罪なんてどうでもよくて。ま、時代を動かそうとした意識の高い話と売国奴のような意識の低い話の差は大きく、興味の強さが違うのかもしれません。あ、下山総裁に関しては違いますよ。暗殺されるような人間は、影響力がある人間だと私は思うのです。
新撰組も幕府の犬であり、多くの志士たちを殺したゴロツキだと思われる方々もいるかもしれませんが、彼らは自分たちの命を賭けたのですから、戦後の保身しか考えない売国奴や頭のおかしな痛みを知らぬ若者たちとは比較になりません。
さて、その旧水戸街道は、小菅駅より歩いて地図を見ると308とありますから、国道なのかなんなのか興味がないからそのまま調べずに(笑)・・・その308という道を高速高架と荒川に沿ってずうっと歩きます。
すると左側に曲がる狭い道があるのです。うっかりすると見落としてしまいそうな狭く細い道です・・・といっても路地のような道ではありません。これが旧水戸街道ですが、水戸街道と言う名にふさわしくない(旧水戸街道ですけどね)・・・それらしくない狭く細い道という意味です。あ、旧水戸街道にも308とあるので旧水戸街道が308号なのかもしれません。水戸街道は6号でしたよね。
この旧水戸街道、水戸藩の藩士たちはもちろんのこと将軍でさえ通る道です。八代将軍の吉宗は、今の松戸から柏~僕の住む鎌ケ谷を含む広大な土地に野馬を放して一種の牧場とした小金牧と呼ばれた場所まで狩に出かけました。ここまで出かけるのに午前1時に江戸城を出て、現地に同8時に到着するというハードスケジュール。そのために、この旧水戸街道を通ったのです。
つづく
新撰組も幕府の犬であり、多くの志士たちを殺したゴロツキだと思われる方々もいるかもしれませんが、彼らは自分たちの命を賭けたのですから、戦後の保身しか考えない売国奴や頭のおかしな痛みを知らぬ若者たちとは比較になりません。
さて、その旧水戸街道は、小菅駅より歩いて地図を見ると308とありますから、国道なのかなんなのか興味がないからそのまま調べずに(笑)・・・その308という道を高速高架と荒川に沿ってずうっと歩きます。
すると左側に曲がる狭い道があるのです。うっかりすると見落としてしまいそうな狭く細い道です・・・といっても路地のような道ではありません。これが旧水戸街道ですが、水戸街道と言う名にふさわしくない(旧水戸街道ですけどね)・・・それらしくない狭く細い道という意味です。あ、旧水戸街道にも308とあるので旧水戸街道が308号なのかもしれません。水戸街道は6号でしたよね。
この旧水戸街道、水戸藩の藩士たちはもちろんのこと将軍でさえ通る道です。八代将軍の吉宗は、今の松戸から柏~僕の住む鎌ケ谷を含む広大な土地に野馬を放して一種の牧場とした小金牧と呼ばれた場所まで狩に出かけました。ここまで出かけるのに午前1時に江戸城を出て、現地に同8時に到着するというハードスケジュール。そのために、この旧水戸街道を通ったのです。
つづく