いよいよ明日は防災の日です。あ、もう0時を過ぎ防災の日の当日です(笑)。

ミドリ安全の防災用品

防災教育が生きた事例として今回の東日本大震災での岩手県釜石市の小学校、中学校の生徒たちが全員津波から免れたことです。しかし、この日、欠席などで学校の管理下になかった児童5人は、不幸にも津波の犠牲になりました。

釜石市では宮城県沖地震が30年以内に発生する可能性が90%以上と予想されていたために市の教育委員会は文部科学省の防災教育支援事業が始まる以前から群馬大学の研究グループと共同で防災訓練に取組んでいました。

釜石市内の釜石東中学と鵜住居小学校は隣接していました。双方合わせて約570人。震災時の14時46分ごろには、中学校も小学校も授業は終了、もしくは直前だったようです。生徒たちは校舎内や校庭にいて、揺れが始まると生徒たちは自主的に避難場所へ走りました。

小学校では全校生徒を小学校の3階に移動させましたが、中学生たちが高所へ避難するのを目撃すると、中学生たちの後を追って避難場所に向かったようです。しかし、この避難場所で生徒たちの一部が建物の裏山が崩れているのを見るや、その生徒たちが教師たちにもっと高所への避難を進言したのです。

高所の介護福祉施設に移動するも、またもや不十分であると判断した小中学生らは、再度、さらなる高台に避難したのです。途中で「津波が堤防を越えた」という叫び声を聞いて、念には念を入れて高所への避難を決断させたのですね。

生徒たちは家族の安否を心配したでしょう。しかし、度重なる訓練や避難方法のルール遵守を訓練されていた生徒たちは自主的に、まずは自分の安全を確保したのでした。

普段からの防災の意味と意義に合わせて避難訓練を行ってきた生徒たちだからこそできた賢明なる判断決断なのです。

「津波なんか来ないよ。来たとしても防潮堤がある」と、実践を踏んだことのないイメージだけのハードに寄りかかり、防災指揮が弱く、何もせずにふんぞり返っていたのでは、いざというときにはただただ慌てるのみで、結果的には何もできずに被災することになるのです。

耐震、免震建造物や防潮堤や防災マニュアル防災設備が設置されることで「イメージ防災」に満足して市民の防災意識が薄れます。そこで、定期的に災害のあらゆる危険性を知識として・・・さらに防災意識を向上させ、意義目的を全身全心に刷り込ませて“いざというときのために強い人間”を形成するのです。

今回の震災では、震災時に勤務先、学校、自宅・・・などに分散、離れていた家族が互いに心配しあって自宅に戻ったり、学校に迎えに行ったりといったことに時間が費やされるばかりでなく、そのための交通手段として自家用車を使用するしかないので、狭い田舎道では、あっという間に渋滞を引き起こしてしまったと思われます。

それだけではなく、遠野などへの内陸側に避難する道の整備を軽んじたり、防潮堤や3階程度の避難所などの設置に満足して、想定外の大災害を誘引する要因がたくさんあるのです。

長いなあ・・・。

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