平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災、他にも3月20日現在の時点で報道各社で呼び方が異なっている)は、平成23年(2011年)3月11日、14時46分に三陸沖(牡鹿半島東南東役130キロメートル付近、深さ約24キロメートルを震源とするマグニチュード9.0の海溝型地震で、1923年の大正関東地震(関東大震災)を上回る日本国内観測史上最大の地震です。ちなみに369年7月13日(貞観11年)に発生したと「日本三代実録」に記録されている「貞観地震」に酷似しているという見方もあります。
発生当初、気象庁はマグニチュード7.9と速報しましたが、のちに8.3・8.4~8.8への紆余曲折な修正を経て、最終的に日本国内観測史上最大のマグニチュード9.0とした。
東関東大震災は、マグニチュード7~8クラスの震源域が複数(3つ?)連動して北海道から青森、岩手、宮城、茨城を経て千葉に至るまでの広い範囲に大きな被害を与えた(実際には地震の影響は東京、神奈川にまで及んでいる)地震学者想定外の地震でした。最大の特徴は地震後の津波によって岩手、宮城、福島の3県沿岸部の街の深部まで壊滅させたばかりでなく、三陸沿岸部では震災後に最も重要なるライフラインを寸断してしまったことでしょう。
ライフラインの寸断によって、三陸沿岸部の市街地を孤立化させ、救助、救援物資の運搬を難しくしてしまいました。必死の作業によってライフラインが回復したのは1週間後のことでした。
三陸沿岸部の街では、これまで何度も大津波を経験しており、その経験を教訓として高さ10メートルの防潮堤が築かれていましたが、今回はそれを軽々と越えて、10メートル以上に溢れた水流は防波堤の内側の市街地に滝のように降り注ぎ、後続の津波に押された水流はさらに水勢を増幅させて市街地最深部までを壊滅させました。
東日本大震災によって発生した津波は、日本ばかりでなく対岸のアメリカ本土やハワイ、北方ではロシア、オホーツク沿岸に2メートルから3.7メートルクラスとなって到達し、アメリカのカリフォルニア州では津波により1人が犠牲になっています。
東日本大震災は、地震や津波によって各地で大きな被害を出しました。宮城県気仙沼市では重油タンクから流出した油に引火して大規模な火災が発生し、市内全域に延焼。岩手県山田町でも大規模な火災が発生しました。仙台市宮城野区のJX日鉱日石エネルギー仙台製油所のLPGタンクが出火。三陸から遠く離れた千葉県市原市ではコスモ石油千葉製油所のガスタンクが落下してガス管が破裂して爆発炎上しました。
さらに福島県沿岸部に設けられた東京電力による福島第1原子力発電所の原子炉冷却駆動源が津波によって破壊され、原子炉内および使用済み燃料棒を冷却することができなくなり、炉内の燃料棒が発熱したため放射線が発生しました。東京電力は事故発生後1週間経った3月20日現在でも事態を収束させることができないようです。
放射線が広範囲に飛散し、原子力発電所近くの住民は他県へと脱出を図っています。
原子力発電所事故による発電停止は、山梨を含む東京から関東全域に至るまでの配電電力を余裕を持って賄うことができなくなり、配電地域をグループ分けして順番に一定時間停電させるという「輪番停電(計画停電)」を実行中です(3月20日現在)。
以上のように人災も含めて、国も地震学者も原子力発電の専門家もまったく想定しなかった多様な要因が積み重なった大災害が、今回の「東日本大震災」なのです。
「地震と津波」
日本列島は北米プレート(北海道から富士山周辺まで)、太平洋プレート、フィリピン海プレート(伊豆半島から富士山周辺)、ユーラシアプレート(甲信から九州まで)の4つのプレートの上に乗って国を成しています。太平洋プレートと北米プレートの間(東日本の沖合い)には日本海溝があり、この最深部では毎年約10センチほど太平洋プレートが北米プレートに沈み込み、同時に北米プレートも地下に引きずられています。また同様に西日本の沖合いではフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に年に4~5センチほど沈みこんでいます。こちらもユーラシアプレート側が地下に引きずり込まれます。
引きずり込まれたプレートは、ある瞬間に解放されて元の位置に戻るために跳ね上がります。このときの跳ね上げる力が地震につながるのです。
太平洋プレートの北米プレートへの滑り込み運動によって発生した災害では今回の東日本大震災を誘発した震源と同様の1896年に「明治三陸大津波」、1933年には「昭和三陸津波」が発生して、それぞれ今回の被災地と同じ久慈、田老(宮古)、釜石、大船渡、気仙沼、女川周辺に大きな被害を出しています。
さらに両プレートとフィリピン海プレートの狭間に位置する相模トラフを震源とした「1923年 関東地震(関東大震災)」です。
北米プレートとユーラシアプレートとの干渉では「1993年 北海道南西沖地震」「1983年 日本海中部地震」が発生しています。フィリピン海プレートのユーラシアプレートへの沈み込みと駿河トラフ(駿河湾沖)、南海トラフ(四国沖)の活動によって発生したのが1854年「安政東海地震」、1854年「安政南海地震」です。
つまり毎年、数ヶ所で沈み込み運動が行われているばかりでなく、いくつもの“トラフ”の活動によって非常に災害が発生しやすいのが日本なのです。さらに地震と関わりが深い火山も日本列島を切り取り線を描くように点在しており、災害を増幅させているのです。
一方、世界に目を移すと、北米プレート、ファンデフカプレート、太平洋プレート、ナスカ、ココス、カリブの各プレート、南アメリカプレート、ユーラシアプレート、インドプレート、南アフリカプレート、オーストラリアプレート、フィリピン海プレートといった大小さまざまなプレート上に大陸が乗っているといった形です。
「次に発生する可能性が高い地震」
近い将来に発生するであろうと言われる「東海」「東南海」「南海」の3系統連動型地震を見てみましょう。以下はテレビ番組「ミヤネ屋」の番組内で専門家の方々が解説した話を参照しています。この番組には偶然にものちほど紹介する「津波災害」を書かれた河田惠昭さんが解説していました。
過去、1605年「慶長地震(M7.9)、1707年「宝永地震」(M8.6)、1854年「M8.4」、1944年「東南海地震」(M7.9)、1946年「南海地震」(M8.0)と関連する地震が発生していますが、「慶長地震」と「宝永地震」「安政東海地震」は、東海・東南海・南海3つの連動型地震でした。その間は102~147年です。「安政東海地震」以降は東南海だけの「東南海地震」まで90年、「南海地震」まで92年の空白があります。ところが「東海地震」系統の地震だけは「安政東海」空白域が157年もあるのです。そのために近い将来「東海大地震」が発生すると言われ、法整備も行われているのです。
東海・東南海・南海3系統連動型地震が発生した場合ですが、地震調査研究推進本部「海溝型地震の長期評価の概要」によれば、「東海地震」がM8.0 程度、「東南海」がM8.1前後、「南海」がM8.4前後と予測されています。
3系統連動型地震による津波ですが、静岡から和歌山、四国と広い地域で平均5mを超える津波が発生し、特に四国沖から土佐湾には高さ10mを超える津波が発生すると言われており、立地環境から四国の被害は甚大であると想定されます。
3系統連動型地震では地震発生後に津波が足摺岬や熊野灘まで約5分で到達する(東日本大震災は約30分)と言われていますから、地震の揺れが収まるまで3分かかったとして、その後の2分間で高所に逃げなくてはならないのです。高所に避難することを「垂直避難」と言うそうです。
防災策としては垂直避難を実践することですが、海岸部の街に垂直避難が可能になるような高層避難所をいくつも設けることでしょう。自然災害は“想定外の被害”を与えますから考えられる限り頑丈な火の見櫓のような鉄塔を設けることだと専門家は言います。今回の震災の映像を見ると海上や沿岸部から巨大な船や鉄道コンテナなどかなり重量のあるモノが軽々と流されているのでヤワな鉄塔では、避難しても水勢や漂流物によってなぎ倒されてしまう可能性があります。
そのため、水勢にもびくともしない下半身が頑丈な小型のスカイツリーのような鉄塔をいくつも作ることが望まれますが、予算的にはどうでしょう? 強震に耐え、水勢にも耐える高層鉄塔が作れたとしても、想定外の事象が起きてしまう自然の前には“運がよければ助かる”といった程度のものでしかないかもしれませんね。
津波災害の場合には津波警報が発令されても逃げようとしない人が多いということです。津波発生の確率が高い地域でも「警報が外れた場合」のみの経験を重視したばかりに亡くなる方も多かったといいます。日本では大きな津波の発生確率が低いからでしょうか? 世代を隔てた津波経験では、次世代に語り伝えることもできないでしょうし、結果的に教訓にもならないのでしょうか?
近い将来発生するであろう東海・東南海・南海地震と津波が発生することがわかっていても被災前後の街づくりを考えている自治体は皆無だと河田さんは両断します。罹災後に災害に強い街づくりの青写真もなければ、また津波前の非防災の街づくりが繰り返されるだけだと言うのです。