一緒に行った人と、あとで一緒に見て、あの時はああだった、こうだったとあれこれ話をするためのもののように思えます。あとで一人で見るものじゃない。

 

今母との旅行の写真を見ると数枚見ただけでもうだめです。

 

胸の奥が苦しくなってまた涙が出てきます。

 

もっといろんな場所に連れて行ってあげたかった。

 

「お母さんによくしてあげてましたよ、お母さんは幸せだったでしょうし、普通の人ではなかなかそこまでできませんよ。」と人は言ってくれます。

 

普通の人って何?

 

私は普通に母を愛する息子です。まだまだしてあげたかった。もっとしてあげたかった。

 

母のためにしてあげることが私の幸福でした。それはキリがないのです。無限なのです。ここでいい、これで十分なんてラインはありません。途中で途切れると丁度命の水が枯れるように、幸福ではなくなりました。