朝ドラ「ブラッサム」。何となくぼんやり見ています。

 

月曜の放送で、平塚らいてうの「元始、女性は太陽であった。」という言葉を紹介していましたが、今まではあまり気にも留めなかったのですが、今回とても新鮮に心に入ってきました。

 

虐げられた明治の女性の立場の中で、女性の本来持つ価値を高らかに謳うものです。

当たり前のことですが、女性は子供を産み、育て、そして教育もします。

 

この産むというのは女性にしかできないものでありますが、それがなんと偉大なことなのかと今更ながら痛感します。

 

母が存命中はこの偉大さにふさわしい敬意を示さなかったことを心の底から悔いています。

 

この言葉は母を失った今違う意味を私にもたらしています。

 

衰えた母は私にとって太陽でした。

母の世話をすることが生き甲斐でした。

 

母の喜ぶ顔が嬉しくて、旅行に行ったり、レストランに行ったり。

 

それは私の生活を明るく照らしていました。

 

これを書いている今は電気の明かりの元にいます。

 

確かに明るい。でも外は暗い。

当たり前です。

 

でも太陽が昇った昼間はすべてが明るい。

 

それが楽しむということなのかもしれません。

 

今の生活はそんな感じです。

 

タイガースが優勝しました。

万博も楽しみました。

それ自体は確かにうれしいのですが、

でもそれは私の生活にとっていわば電気の明かりでしかないのです。

外へ出れば真っ暗です。

 

そんな日々ですね。